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仏像好き必見!すごい十一面観音像が上野に来た!~「特別展 平安の秘仏-滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」の感想~

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かるび(@karub_imalive)です。

僕は、実家が京都南部(=ほとんど奈良)なので、東大寺・興福寺をはじめ、仏像やお寺は今までにもさんざん日常的に見てきています。美術展に本腰を入れて回るようになってからも、わざわざ東京で何時間も並んで阿修羅像とか見なくても、別に奈良でみたらいいやん、、、と仏像系の展示はそんなに乗り気ではありませんでした。

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ところが、9月13日から東京国立博物館で公開が始まった、滋賀県甲賀市の櫟野寺をフィーチャーした「特別展 平安の秘仏」展。「らくやじ?どこやねんそれ、知らんけど、まぁ軽く見ておくか」みたいな感じで入室したのですが、これが予想外に良かった!

入室してすぐ、部屋の正面に鎮座する十一面観音像の大きさと存在感に、しばらく言葉を失ってしまいました。「これはすごい・・・ブログに書かねば」と反射的にメモを取りだして戦闘モードに(笑)

今日は、このトーハクの「特別展 平安の秘仏-滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」について、少し書いてみたいと思います。

1.混雑状況について

僕が行ってきたのは、9月18日(日)14時頃。3連休中日の午後なので、混雑もピークだったと思います。東京国立博物館の正門前に入場の列ができていたので、「ちょっとやばいかな」と嫌な予感がしましたが、本展を展示する日本館特別室は、やや不快な程度の混雑度。満員電車ほどではないですが、かなり多めに人が入っているという状態です。入場の待ち時間はありませんでした。

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まだ展覧会も序盤なのでこの程度ですが、今後口コミが広がって評判になれば、土日祝日は結構混雑が激しくなるかもしれませんね。

2.櫟野寺(らくやじ)ってどこにあるの?

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(引用:http://hibutsu2016.com/

櫟野寺は、奈良県や三重県に近い滋賀県最南端の、甲賀市の外れにある天台宗の古刹です。総本山は比叡山延暦寺の末寺ですが、この甲賀地方では最大規模のお寺です。最寄り駅から電車やバスがなく、マイカーかタクシーでしか行けない人里離れた田園風景の中にありますので、「秘仏」というイメージがぴったり。

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(パンフレットより)

元々、比叡山延暦寺を建造する際に使われた材木を切り出すため、天台宗の開祖、最澄(伝教大師)が銘木の産地として古代から知られた甲賀地方へ視察に来た際に、インスピレーションを感じてこちらにもお寺を開いた、という言い伝えがあります。

算出する銘木である「イチイ」の名をとって、別名をいちいの観音といい、地元から愛されているお寺ですね。

3.今回展示の経緯やコンセプト

本展覧会で展示されている仏像は、いずれも平安時代10世紀~12世紀の間に制作されたもので、全20体がすべて重要文化財です。ちょうど、平成30年10月に、本尊である「十一面観音菩薩像」の御開帳を行うため、この夏から本堂と収蔵庫の大改修工事を実施することになりました。今回の一挙展示はこの機会を活用して実現したものです。

全20体のうち、吉祥天立像などは先行して東京国立博物館で収蔵されていたため、今回の展覧会が、寺の外において櫟野寺の全ての重要文化財に指定されている仏像が一堂に会する初めての機会となりました。

展示の様子は、Internet Museumさんの動画で確認できます。

4.十一面観音菩薩像とは?

菩薩像の頭上に、さらに11体(場合によっては10体?)の様々な表情をした頭部だけのミニ菩薩が360度ぐるりと乗っかったユニークな菩薩像のことを、「十一面観音菩薩」と言います。櫟野寺のように座っている「坐像」や、立っている「立像」など形態は様々あります。

音声ガイドによると、古代インドの考え方として方位を指す8方向と上下の2方向、さらに正面を加えて11面で全方向を表しているそうです。

5.今回の見所

5-1:十一面観音のすごいインパクト

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(引用:https://twitter.com/raku_iinkai/status/775883795471872002/photo/1?ref_src=twsrc%5Etfw

タイトルにも書きましたが、とにかく入室して最初に飛び込んでくるのが、この櫟野寺の御本尊である、「十一面観音菩薩坐像」です。本体は全長3.2メートル、台座と後背を入れると5メートル以上の、日本最大の十一面観音菩薩「坐像」です。(※立像だと、たとえば長谷寺の十一面観音像など10m超のものがいくつかあります)

見てもらうとわかりますが、ほとんどちょっとした大仏レベルであります。入室したら、展示室のど真ん中に、まずこの坐像がどどーんと視界に入ってきて、圧倒されるわけです。「うわっ、でかっ!!」みたいな。この瞬間に「あぁ、来てよかったな」と心から実感しました。でかいことはいいことだ(笑)

こちらのエントリで在華坊さんも書いてらっしゃいましたが、「よく展示室に入ったなこれ」と(笑)特別展示室が、お寺の本堂みたいになってます、、、

この御本尊は、普段は一般公開しておらず、まとまった団体客が来たときではないと見せてくれないそうですね。しかも、お寺で見るときは定位置の正面からしか見えませんから、360度ぐるっと見て回れる(=つまり後ろ側の11面観音の顔もなんとか見える)という、お寺でのご開帳を上回る展覧会ならではのアドバンテージがあります。

他19体の重要文化財も勿論いいのですが、時間がなければ、この御本尊だけでもじっくり見て帰ってみてください。

5-2:充実した音声ガイド

今回展示は、特別室での特集陳列企画レベルなのに、音声ガイドがついているのです。しかも、わずか20品の出展なのに35分の長尺解説が!音声ガイド好きな僕としては、思わずニヤニヤしてしまいました。

通常解説に加え、公式HPの「櫟委員会」と題した特集ページで応援団を務めるみうらじゅんといとうせいこうのフリートーク的な語りも非常に良かったです。
櫟委員会 特集ページ
http://raku-iinkai.com/

この二人、もう20年以上も雑誌「中央公論」上でコンビで日本中の仏像を見て回る誌上企画をやっていて、そのまとめ書籍やDVD映像なども多数出ている屈指の仏像マニアなんですよね。今の静かな仏像ブームは彼らから始まったと行っても過言ではありません。

仏像オタク2名の確かな観察眼と、ラジオを聞いているようなフランクな語りは、非常に面白く、櫟野寺の秘仏の世界観を効果的に理解する手助けにになりました。面白いので音声ガイドも是非!

5-3:甲賀様式と呼ばれる独特の個性

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(引用:http://hibutsu2016.com/highlight.html

全20体を見て回ると気づくのが、櫟野寺の仏像の独特の顔の表情です。制作された時期は10世紀~12世紀まで様々ですが、ちょっとしもぶくれしたふっくらした丸顔や、ペチャっとした鼻スジなどは明らかな特徴として読み取ることができると思います。

これは、「甲賀様式」と呼ばれており、甲賀地方独特の仏像の顔立ちで、平安~鎌倉期の定朝や運慶といった京都や鎌倉のエース仏師たちの影響下にはない、地元の仏師や櫟野寺の僧侶が歴史的に制作してきたからだ、と言われます。

5-4:1F常設展示室の他の十一面観音像もお勧め

特別展示室のすぐ隣の部屋ですが、日本館1Fの仏像を常設展示するコーナーでは、今回の特別展に合わせて、「十一面観音菩薩像」へと多めに展示替えされていました。残念ながら、すべて撮影不可だったのですが、それぞれ秋篠寺、当麻寺、小島寺(いずれも奈良県)、そして4本の腕を持つ珍しい小松寺(千葉県)の十一面観音像が展示されています。

櫟野寺とは制作時期や仏師が違うため、微妙に顔の表情や全体の雰囲気が違っていますので、見比べてチェックしてみると面白いですね。櫟野寺の仏像「甲賀様式」の独特な個性が浮き彫りになります。

6.甲賀地方には他にも由緒ある古刹が一杯

展覧会場の外では、「甲賀市」の市のスタッフがちょうどこの展示を機会に甲賀市の観光案内等、プロモーション活動を熱心にしていました。

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そこで頂いたパンフレットを見ていくと、この「甲賀市」は滋賀県、三重県、奈良県の県境に近い山奥にあり、奈良や京都に近いことから、由緒のある古刹や神社が多数あることに気づきました。

頂いたパンフレットf:id:hisatsugu79:20160920143305j:plain

僕の仏像への不勉強もあって、今回「櫟野寺」の『櫟』(らく)すら読めずにいたのですが、甲賀地方、結構奥が深いです。毎日テントが出ているかどうかわかりませんが、立ち寄ってみるといいかもしれません。(子供を手裏剣で遊ばせるスペースもあります)

7.まとめ

東京から、甲賀地方の櫟野寺に実際に行こうと思うと、電車でも車でも最低5時間はかかります。博物館にフラッと立ち寄って、贅沢な重要文化財指定を受けた20体の仏像を気軽に見れるのは今だけ!

会期は12月までと長めに取られていますので、是非興味がある方は是非。秘仏のデカさに驚きますよ!公式HPもしっかり作り込まれていますので、事前に確認されることをオススメします!

それではまた。
かるび

展覧会開催情報

展覧会名:「特別展 平安の秘仏-滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」
会期:2016年9月13日~12月11日
会場:東京国立博物館日本館特別展示室
公式HP&Twitter:
http://hibutsu2016.com/
https://twitter.com/TNM_PR

櫟普及委員会HP&Twitter:
http://raku-iinkai.com/
https://twitter.com/raku_iinkai


元採用担当としては、大学を辞めて起業するのは悪くない選択肢だと思うのです。

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かるび(@karub_imalive)です。

さて、18歳で大学を辞めて起業する!と高らかに宣言して、燃えちゃった学生ブロガーの石田祐希さん。元エントリがアップされてから1週間が経過し、完全に周回遅れな感じですが、ようやく感想がまとまりました。

一言「元人事・採用担当」の目線で、触れておこうかなと思います。

確かにエントリ自体は痛々しい感じ。でも・・・

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話題のこのエントリ、僕も読んでみた直後の第一感は、「あーあ、こりゃまた若さ全開の香ばしいエントリやな」「きっと燃えるだろうな」という感じ。ただ、何となく批判的なコメントを残す気になれず、それなりの応援コメントを残させていただきました。

本エントリ、客観的に読み込むと、おおむね批判コメントにあった通り、フワフワしてて無知で、生意気盛りな物言いが痛々しく迫ってくる感じですよね。(ごめんなさいね石田さん、ストレートに書いて・・・)

若い人は大化けする可能性もある

でも、彼らのような若い人を批判する気にはなれないのですよね。

何故かと言うと、若い人は大化けする可能性があるからです。

僕は、2016年の5月まで、都内の中堅Sierで採用担当をやっていました。そこでは、何千人もの若い人たちと、説明会や採用面接、インターンシップ等で日常的に接してきました。結局、前職では採用担当を足掛け10年やりました。僕が採用した第1期生が10年選手になるところまで見届けて、前職を退職しました。
(※退職後の経緯はこちらとかこちらあたりのエントリをご参照ください)

ところで、石田さんみたいな若い人、特に18歳~25歳頃までの若い人材は、新卒であろうと中途であろうと、非常に採用が難しいんです。

それはなぜなのでしょうか?

それは、若い人たちの、採用後の伸びしろが全く読めないからなんですよね。採用の仕事を通して、若い人の側にいて10年間定点観測して、よーくわかりました。

おおむね27~8歳以上の中途人材を採用する際は、採用は難しくありません。履歴書や職務経歴書を確認しながら、仕事やプライベートにおける過去の実績を丹念に聞き出していけば、おおよそ彼らの入社後のパフォーマンスのレベルは予測がつきます。そして、その予測はあまり外れることはありません。

それに対して、18歳~25、6歳頃までの人材を採用する際は、彼らがまだ「まっしろ」なので、採用後の成長曲線やキャリアの方向性に予想がつきづらいのです。

石田さんのエントリを読むとわかるのは、まだ大した人生経験がないことです。文章力の割には中身がついていってないことから、彼もまた、きっと「まっしろ」の状態なのでしょう。

採用したときは、「おぉ、これは逸材だ!」と誰もが思う人材であっても、その後の職場環境やキャリアの方向性で、あっという間に凡庸な社畜に成り下がっていく人もいれば、その逆も多数います。

石田さんみたいに、最初は血気盛んだけど空回りしてて、生意気盛りでどうにもならなそうな雰囲気を醸し出してて「こりゃだめだ!何でこんなやつを採用したんだ」って言われちゃいそうな人材でも、時に大化けして成長していくことが多々あるんです。

それは、丸くなって会社の体制側の業務指示を素直に聞く便利な人材になったからという意味で「成長した」と皮肉めいて言っているのではなく、文字通り、採用担当や周りの予想の斜め上を行く成長を見せ、人格的にも仕事面でも成長した姿を見せてくれる、、、っていうことです。

石田さんの場合、まだ18歳ですよね。だから、いい意味でも悪い意味でも可能性のかたまりなんです。今は痛々しくて周りが全く見えていなかったとしても、起業後に持ち前の無鉄砲な行動力と負けん気で、人並み以上の経験値をつけて、叩き上げて大成長する可能性だって十二分にあると思うんです。

そういう意味で、彼のような若手は素直に応援してあげたい。そう思ったのです。

たとえ起業して失敗しても、まだまだチャンスの塊であること

それともう一つ。

エントリを読んだ限りでは、現時点では、彼の起業はおそらく、前途多難で失敗する可能性もかなりあるでしょう。だって、やりたいことやその実現プロセスががさっぱり見えないですからね。ふわっとして、「ただ起業したい」って言いたかっただけなんじゃない?っていうレベルに見えます。

だとしても、彼が大学生という定番の太いレールを外れ、起業するという、つらそうな選択の中で得られる経験値っていうのは、並の大学生よりは遥かに多いハズ。

その、経験値こそが次に繋がる貴重な武器になってくると思うんですよね。

仮に、起業して数年間事業を起こして失敗したとしても、まだ20代前半です。どの会社にも就職エントリは普通にできるし、採用面接で「起業経験と失敗、その総括とそこから得られた経験」を筋道立てて説明できれば、成長分野の生きのいい若い企業であれば、高く評価して合格を出すと思います。

つまり、仮に失敗して、彼のいう「レール」に戻って会社勤めを始めたとしても、彼の前にはまだチャンスが山のように転がっているのです。

みんなの若い時はどうでしたか?僕の18歳のときは酷かったです(笑)

さらにもう一つ。

僕自身が18歳のときは、石田さんより遥かにダメなやつだったからです。

大学にはなんとか現役で入りましたが、そこで燃え尽きて方向感をなくし、2年次の時に留年しました。なのに学費も仕送りも親にベッタリ甘え、朝寝て夜起き、授業もバイトもしないでパチンコ三昧でしたから。ゼミすら入らなかった。

就職活動も、内定こそ普通にもらえましたが、会社では学生気分が抜けきらず、他の同期と友達にもなれず、人前では緊張してまともに挨拶すらできませんでした。最初の2年くらいは明らかに使い物になってなかった自覚があります。

そんな昔の自分から比べたら、全然いけてるやん、って思えるからです。たとえ不完全であっても、ブログで自分自身の方向性だけでもしっかり宣言できるのであれば、「昔の自分よりはるかにましだよ。」って思えるのですよね。

ほんというと、羨ましい。41歳無職セミリタイア中の身としては、嫉妬するくらいその若さが羨ましいです。今、石田さんと同じ18歳に戻ったら、僕だったらどうするだろうなぁ。大学で美術史を専攻して教授を目指してもいいし、アジアやアフリカの途上国を飛び回る商社マンになるのもいいし、もちろん石田さんのようにネット系で起業するのもいい。

だから、嫉妬からネガティブな気持ちに陥らないように、敢えて自分のためにもポジティブなコメントを残した、というのもあります。

まとめ

話がずれました。まとめます。

いずれにしても、人事・採用担当の目からみたら、若くてやる気があるのはそれだけで可能性があってプラスだと思うし、失敗しても普通に就職できます。そして、就活において、若い時の起業経験は高く評価される潜在力があるんじゃないかな、と思います。

つまり、起業に成功しても失敗してもどちらに転んでもOKなのですね。

今回の記事を見て、僕も最初、反射的に「むっ」として批判的なコメントを入れるところでした。でも、上記のような理由で、どうせだったら、その若さゆえの可能性をプラスに見てあげるようにしてあげたいな、と思った次第です。若いっていいよね。

それではまた。
かるび

【映画感想】「大爆死」!?のジブリ新作「レッドタートル」は自然の本質を味わい深く描いたアートな良作でした【ネタバレ含注意】

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かるび(@karub_imalive)です。

9月17日に封切りとなったスタジオジブリ2年ぶりの新作映画「レッドタートル ある島の物語」に行ってきました。

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なんと初週は「ジブリ」ブランドであるにも関わらず観客動員数でランク外となるまさかの展開。あるネット記事では、「大爆死」と書かれてしまう始末。

9月22日の週は、「君の名は。」がV4達成、さらにNo.2には「聲の形」がランクインするなどアニメ映画が絶好調となる中、迷走気味(に見える)スタジオジブリの今の状況を象徴しているようでした。

個人的には、この作品は、予告動画などを見る限り、実験的ではあるけれど悪くはないんじゃないかなぁと思っていました。どんなものなのか実際にみてみようかな?ということで、早速行ってきました。以下、感想を書いてみたいと思います。

なお、本感想エントリには、後半でのあらすじや考察で「ネタバレ」部分があります。映画館にこれから行かれる方は、ご注意下さいませ。

1.映画基本情報

【ジャンル】アニメ・無人島ファンタジー
【公開日】2016年9月17日(金)
【原作・監督】マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
【アーティスティックプロデューサー】高畑勲
【脚本】パスカル・フェラン
【制作】スタジオジブリ/ワイルドバンチ
【音楽】ローラン・ペレズ・デル・マール
【プロデューサー】鈴木敏夫

なんと、スタジオジブリ始まって以来の外国人監督起用&海外プロダクションでの制作作業となりました。今回起用されたマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督は、ロンドン在住のフランス人。

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短編アニメーションで実績を積んできたベテランで、寡作ですがもう60代。2000年にリリースされた8分間の短編アニメ映画『岸辺のふたり』(邦題)を見たジブリの鈴木プロデューサーが惚れ込み、長編制作の打診をかけたところから、映画「レッドタートル」の構想がスタートしました。

以後、構想10年、制作に8年。絵コンテ制作段階では、マイケル監督が日本に短期滞在し、日本側の高畑勲監督のチームと膝詰めで構想を練りました。その後は本国フランスと日本でのオフショアでのやり取りを重ねる中、ようやく2016年に完成した労作であります。

映画ラストのクレジットを見る限り、高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサー以外に目立った日本人の名前が見当たりません。コンセプトワークは日仏合作で、お金は日本側で出して、制作の大半はフランスで、というオフショア開発のような分業体制だったのでしょう。

2.興行収入/動員数ではかなり厳しい模様・・・

僕が行ったのは、いつもホームグラウンドにしているユナイテッド・シネマ豊洲ですが、封切り2週目の土日にして、一番小さいミニシアターでわずかに1日2回放映のみ。しかも、土曜日の午後という一番混雑する時間帯での上映にもかかわらず、座席は半数程度(30~40人くらい)とかなりの厳しい状況でした。

報道されている興行収入も、封切り初週でわずか3300万円にとどまりました。100館以上の上映でこれは正直寂しい・・・。ジブリの作品としてはかつて無いほどの厳しいスタートとなっています。

原因は、下記のようにいくつか考えられます。

1)広告宣伝が不足しており、本作の存在が広く認知されていない

テレビやネットなどのCM、見かけましたか?日テレが積極的に動いてないですよね。また、映画のフライヤーもものすごく地味でした。少なくとも、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門特別賞受賞の快挙なども、コアな映画ファン以外は知らなかったのでは?

2)従来のジブリ作品と毛色が全く違うため、ジブリファンが動いていない

外国作品であり、作画や雰囲気が全く違う。「ジブリの作品です」と言われなければ、とてもそう見えません。

特にキャラクターの雰囲気がぜんぜん違う
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(Youtube上の海外向けトレーラーより)

目が「点」で描かれています・・・。このあたりは、日本アニメではまず見ない、海外独特のテイストだよなぁ、と思ってみていました。

3)長編の無声映画であり、大衆性がない

今作は、まさかの無声映画!にも関わらず、テーマも抽象的で、一見難解にみえます。「君の名は。」で一気に王道SF恋愛モノへと大衆性、エンターテイメント性を強化してメジャー化した新海監督とは対照的でした。ネット上の評判でも、「長編でこれはないんじゃないの?」という批判もちらほら。

4)同時上映された強力な競合他作品の存在

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言うまでもなく、同時期に上映されているアニメ映画「君の名は。」「聲の形」の両作品に押されています。特に、普段アニメを見ないライト層は、「君の名は。」がジブリの新作だと思っている人も案外多いのではないでしょうか・・・。

3.あらすじ前半ダイジェスト(ネタバレ無し)

荒れ狂う海の中、ある男(※名前がないので以後「男」とします)が無人島へと打ち上げられます。気づいた男は、あたりを探索しますが、誰もいない無人島であることがわかり、絶望に打ちひしがれます。
やがて、気を取り直した男は、無人島からの脱出を試みて、倒木で作ったいかだでしまの脱出を試みますが、なぜか沖へ出る前に、海面の下から突き上げられるようにしていかだがバラバラになって、脱出できません。
そして、3度めに脱出を試みた際、脱出中の沖合で、男は途中で不思議な赤い色をしたウミガメ(レッドタートル)に出会います。

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男と赤いウミガメ(レッドタートル)の出会いは、やがて思いがけない不思議な展開へとつながっていきます・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・(以下ネタバレ注意)・・・

・・・(以下ネタバレ注意)・・・

・・・(以下ネタバレ注意)・・・

・・・(以下ネタバレ注意)・・・

・・・(以下ネタバレ注意)・・・

・・・(以下ネタバレ注意)・・・

・・・(以下ネタバレ注意)・・・

・・・(以下ネタバレ注意)・・・

・・・(以下ネタバレ注意)・・・

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※これより下は、ネタバレを含みます。

4.あらすじ完全版(※ネタバレ含/注意)

あらすじを深く知りたい場合は、ジブリ公式の海外向けトレーラーが役に立ちます。

荒れ狂う海の中、ある男(※名前がないので以後「男」とします)が無人島へと打ち上げられます。気づいた男は、あたりを探索しますが、誰もいない無人島であることがわかり、絶望に打ちひしがれます。

やがて、気を取り直した男は、無人島からの脱出を試みて、倒木で作ったいかだで島からの脱出を試みます。しかし、なぜか沖へ出る前に、海面の下から突き上げられるようにしていかだがバラバラになって、脱出できません。

3度めに脱出を試みた際、脱出中の沖合で、男は途中で不思議な赤い色をしたウミガメ(レッドタートル)に出会います。やがて、ウミガメはいかだの下に潜り込み、下から硬い甲羅で突き上げて、筏を壊してしまうのでした。

男が失意と怒りで無人島へと戻って疲れ果てて寝てしまいます。浜辺で目をさますと、なんと隣にはあの赤いウミガメがいました。男は、3度脱出を阻まれたウミガメに対して砂をかけ、ひっくり返してウミガメを動けなくしてしまいます。

やがて、ウミガメは弱っていき動かなくなります。男はウミガメに対する罪悪感から、ウミガメに海水をかけたり気にかけます。一晩経つと、ウミガメの甲羅が割れ、ウミガメは人間の女性(以下、「女」で統一)に姿形が変わっていきました。

やがて、女は目を覚まし、甲羅を脱いでどこかへ行ってしまいます。しばらく男と女は警戒しあい、お互いに近づきませんでしたが、男が上着を女に与えたことをきっかけとして、女は甲羅を海の沖に流し、それを見た男も、脱出をあきらめ、作りかけのいかだを海に流して女との共同生活へと入っていきました。

共同生活を続ける中、ひとりの子供が生まれます。(以下、「息子」と表記)息子は、あっという間に島の暮らしに慣れて、大自然の中で成長し、ウミガメたちとも交流するようになります。

息子が青年になったある日、突然の大津波が無人島を襲います。沿岸で貝を採っていた3人は、あっという間に波に飲まれ、島の森林も徹底的に破壊されました。息子が竹林の瓦礫の中で目を覚ますと、父親と母親を探して島中を奔走します。母親は山の中腹でケガをしていましたが、無事でした。そして、ウミガメと一緒に捜索した結果、父親は海の沖合に流され、瀕死の状態で生きていました。

津波に飲まれた無人島は、惨状となりますが、それでも男、女、息子の3人はなんとか生活を開始します。

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息子は、小さい時に、偶然島に漂着したガラス瓶を見つけます。以後、水筒として大事に使いますが、このガラス瓶にインスパイアされ、外の世界へと旅立つことを決意します。息子は父、母を島に残し、ウミガメ3匹とともに、沖合へと旅立っていきました。

残された男と女は、再び幸せに暮らします。

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やがて、男も女も年を取っていきます。すっかり老人となった男と女は、ある日、海辺でダンスを楽しんだ後、そのまま寝てしまいます。男は夜中に一瞬目をさますと、また寝入り、そのまま安らかに老衰で死去しました。

あくる朝起きた女は悲しみますが、老人の死を受け入れると、静かにまた元の赤いウミガメ(レッドタートル)へと姿を変え、海へと戻っていきました。

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5.映画の感想(※ネタバレ少し含/注)

無声映画の難しさ

まず、事前に告知されていますが、本作は、長編の無声映画です。主人公の男たちは「うー」「うわー」とか色々擬音、擬声は発しますが、一言も言葉を発しません。アニメーションの細かい動きや表情、画面の風景、劇伴音楽から、何が起こっているかを読み取る必要がありました。
また、画面もジブリや日本のアニメでの「きれいさ」とはまた違う写実性や装飾性にすぐれた表現が、個性的で面白かったです。月夜の明かりや、自然を丁寧に描き出した背景、動物たちのコミカルな動きは、無声映画だからこそ際立っていました。

その反面、難解になったことは否めません。映画祭でスタンディングオベーションとなったとおり、中身は大衆娯楽作品ではなく、どちらかというとアートや芸術の香りがする路線です。

ジブリ作品ということで、大人から子供まで幅広い層が来場していましたが、作品中途で、集中力を切らして飽きたこどもが5~6人トイレに立ちました。完全に客層とミスマッチを起こしていました。「大人のジブリ作品」である、と事前にどこかで本作のキャッチコピーを聞きましたが、たしかに子供には厳しいかも。

パンフレットによると、制作当初はセリフが少しあったそうです。完成間近に高畑監督と相談し、最終的に全て削ったとのこと。セリフがない分、キャラクターたちの言いたいことや瞬間瞬間の心情を想像して自分で補完する楽しさが新鮮でした。(人情物の長編落語を聞いているような感覚に似ていました)

命の普遍的な営みを暖かく描き出した

ある男が無人島に漂着し、ウミガメの化身と結ばれ、幸せに暮らす。途中、津波や息子との別れを経て、最後には安らかに眠る。無人島漂着モノ+異類婚姻譚というストーリーで、ある種使い古された童話のテンプレート上にのっかる「わかりやすい」形で提示されてはいるんですよね。

パンフレットにも「これは一つの恋の成就、家族の誕生と充ち足りた歳月の物語である」と池澤夏樹が書いているように、変な文明も利害関係も貧富の差もしがらみもなにもない無人島で男と女が出会えば、普通に恋に落ちて仲良く暮らし、子供ができるものなのでしょう。

映画の中では、人間は完全に自然の一部でした。ときには津波など圧倒的な自然のチカラの前に無慈悲に押し流されながらも、それでも淡々と再生し、あるがままに時間がながれていきました。

ラストは、息子が旅立ち、男が死に、女が再び元のウミガメへと戻り、海へ帰っていき、ふたたび無人島は誰もいなくなります。まさに生々流転。どこからともなく何もないところから命が始まり、移り変わり、命が尽きれば最後には何もないところへと戻っていく。

でも、無常観ではなく、どこか温かみを残してくれるラストシーンは、マイケル監督の個性であり、確かな力量のなせる技なんだなと感じました。

解釈は自由

とはいえ、これは僕が1回目の鑑賞で抱いた感想です。無声映画だけに、あらゆる解釈が可能だと思うし、解釈など細かいことを抜きに、感性で「あたたかいもの」「雄大なもの」をストレートに感じ取るのも自由。

味わい方も、鑑賞者側に委ねられているのだと思います。

6.まとめ

正直なところ、映画の各シーンの解釈は、声が入らない分自由に広がっていると思います。ツイッターなどの感想を見ていても、「何度も見て味わいたい」という人が多かった。自由に解釈し、思う存分ストーリーを掘り下げていく楽しみがあるし、普遍的な「自然の営み」をテーマとしているため、10年後、20年後にも確実に残る作品です。

「爆死した」と言われた興収や思わしくない動員状況とは裏腹に、じわじわ心に染みわたる良作でした。何度も見て楽しめるスルメ的作品としてオススメしたいと思います。

7.関連作品など

パンフレットでも解説を担当する池澤夏樹が、独自の解釈に基づいて、映画の内容を絵本に仕上げました。子供には、これを先に読ませてから映画に行くのがいいかもしれません。

現代アート初心者でも楽しめる?!クリスチャン・ボルタンスキー展の感想

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かるび(@karub_imalive)です。

さて、芸術の秋が本格的に到来し、展覧会が目白押しです。昨日、9月22日から東京都庭園美術館でスタートした現代アートの巨匠、クリスチャン・ボルタンスキーの東京での初の個展となる「クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス-さざめく亡霊たち」に行ってきました。

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元々現代アートは初心者なので、深い分析は出来ませんが、そんな初心者の僕が行っても、それなりに楽しめた展覧会でした。以下、感想を少し書いてみたいと思います。

1.混雑状況と所要時間目安

僕が行ったのは9月26日(月)15時頃。お客さんの数はパラパラという感じ。快適に見て回れました。ボルタンスキー展と同時開催の庭園美術館の建物や内装自体を楽しむ「アール・デコの花弁 旧朝香宮邸の室内空間」展を楽しむため、庭園美術館の建物自体をガッツリ見て回るなら2時間、ボルタンスキーの展示だけを集中的に回るのであれば1時間で足りると思います。

2.音声ガイドや写真撮影について

ボルタンスキー展については、音声ガイドはありません。その代わり、映像ルームで27分間のインタビュー動画解説が連続放映されています。ほぼ、これが事実上のガイドとなって作品の理解を助けてくれるはずです。インスタレーションを見て意味不明だったら、こちらに戻ってきてじっくりチェックしてみて下さい!必見です!f:id:hisatsugu79:20160927144141j:plain

写真撮影に関しては、平日(月~金)は撮り放題、土日祝日はNGとなっています。サラリーマンには厳しいですね・・・。作品や庭園美術館の建物自体を撮影したい人は、なんとか都合をつけて平日に来館することをオススメします!

3.クリスチャン・ボルタンスキーって誰?

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(瀬戸内国際芸術祭HPより)

クリスチャン・ボルタンスキーはユダヤ系の血筋を引く両親を持つ、フランス人の現代アートの巨匠です。戦後すぐに、ナチスドイツの迫害からの避難生活を余儀なくされ、ホロコーストの影に怯えながら厳しい少年時代を過ごしました。この時の少年時代の原体験が、彼のアート制作におけるコンセプトに深く関わっています。

独学でアートを学び、10代で現代アート作家としてデビューすると、一躍売れっ子に。以来、40年以上、絵画、彫刻、写真、映像などを組み合わせた総合的なインスタレーションを手がけ、コンセプト性の強い作品を多数残しています。

作品の特徴は、一貫して「名も無き匿名の人々」についての生死の記憶の儚さをテーマとしていること。やがて風化し、忘れ去られる無数の人たちの記憶の切実さやはかなさと、それらをどう保持し、後世に残していくかを、作品を通して我々に訴えかけます。

4.展覧会のコンセプトについて

2019年、複数の美術館(国立新美術館他?)で、彼の大回顧展が日本を巡回開催される予定です。今回は、ボルタンスキーが「オードブルみたいなもの」と言うように、その前哨戦として、東京で企画された初めての個展となります。「オードブル」ですので、出展数も全部で7点と、庭園美術館の館内を部分的に活用した小さなプチ回顧展といった趣きです。

全出展7点のうち、本当の意味での新作は、庭園美術館の特性を活用した音声インスタレーション「さざめく亡霊たち」1点のみです。残りの6点は過去作品のアレンジでした。

クリスチャン・ボルタンスキーは、結構日本が好きみたいで、アーティストとしてのキャリアの中盤以降では、定期的に日本の芸術祭やグループ展に出展しています。

来館する前に、YoutubeやInstagram、twitterなどで、越後妻有大地の芸術祭の「No Man's Land」や瀬戸内国際芸術祭2016での、「豊島ささやきの森」あたりの作品のコンセプトを予習しておくと、より当日楽しめると思います。
越後妻有「No Man's Land」f:id:hisatsugu79:20160927145159j:plain

豊島「ささやきの森」
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4.作品全点紹介

さて、館内に入って順路に従って進む順番に、作品を一つずつ見ていきたいと思います。今回は少ないので、全点紹介しますね。

4-1.さざめく亡霊たち(本館1F)

入館すると、まず出迎えてくれるのは、至る所で指向性スピーカーから語りかけてくる謎のささやき。
こういうのが無数に設置されているf:id:hisatsugu79:20160927145856j:plain

ボルタンスキーは、古い建物のカベや部屋には、長年の間にそこで暮らし、過ごした無数の人々の言霊が宿ると考えました。特にこの庭園美術館の元となった旧朝香宮邸では、外交官たちの声が聴こえる気がしたとのこと。

建物自体が重要文化財でもあり、インスタレーションに合わせた部屋の改造が難しい中、ボルタンスキーが思いついたのは、『声』の展示でした。フランス在住の翻訳家、関口涼子氏に依頼し、人々の集合的意識に届くようなあいまいな日本語のフレーズを用意し、ランダムに指向性スピーカーからささやくように声を流しました。

長い間佇んでいると、たしかに何となく亡霊の声にも聞こえてきます。ボルタンスキーによると、「離脱する魂へのはなむけ」なんだそうです。部屋のあちこちをおもむろに歩き回りつつ、耳をすませてみたい作品です。

4-2.心臓音(本館2F、書庫)

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ボルタンスキーは、世界中から無数の匿名個人の心臓音を収集し、それを録音してアーカイブするプロジェクトを2010年から開始しています。日本の豊島(瀬戸内海)に「心臓音のアーカイブ」というタイトルで恒久的に展示しています。

参考:豊島「心臓音のアーカイブ」
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今回の「心臓音」は、この庭園美術館バージョンです。

暗い書庫の中で、大音量で心臓の拍動する音が流れる中、部屋の中心にセットされた
真紅の電球が合わせて明滅する仕組みになっており、豊島のインスタレーションとはまた少し違った仕掛けでした。

その中で5分くらいいたのですが、1分おきくらいに心臓の拍動音が変わっていきます。気付かされたのは、一人一人の心拍音やリズムの明確な「違い」。実に個性的で、規則正しいものから不整脈みたいなリズムのものまで、拍動パターンはどれ一つとして同じものがなくバラエティに富んでいました。

また、部屋の中心に設置された白熱電球は、「血」の色を想起させ、拍動する度にポンプのように血を全身に送り出すという意味で、不気味なまでにリアルに「命の源」を想起させてよかったです。

4-3.影の劇場(本館、若宮3室)

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海外展覧会で度々披露してきた影絵作品の庭園美術館バージョン。2部屋に2つずつのぞき穴が開いており、そこから影絵が覗けるようになっている仕掛け。

おとぎ話の中の「死者の国」を連想させるような、不気味だけど少しコミカルな影絵がゆらゆらと風にゆられる様子は、味がある演出。また、覗き穴に向かって冷たい風が断続的に吹いてくるような仕組みになっていたのは、洞穴や風穴の入り口(=死者の国の入り口)に立たされているような錯覚にもなり、臨場感満点でした。(どういう仕組みなのか気になって、係員に「なぜ風が吹いてくるのですか」と聞いたら、部屋の構造上、風が流れてくるのだと思いますとのこと)

庭園美術館の構造を上手く活かしきった展示でした。

4-4.帰郷/眼差し

続いて、新館展示室へ移動し、ギャラリー1に入ります。ここでは、やはりボルタンスキーの過去作品が2in1になって展示されていました。f:id:hisatsugu79:20160927150404j:plain

まず、部屋中に大きな目のついた薄手のカーテンが垂れ下がっているインスタレーション。これが「眼差し」。パッと見たら、フリーメイソンの目みたいで、ユダヤ人だからその手の演出なの?と思ったのですが、そうではありませんでした。

ボルタンスキーによると、これらの目は、名もないギリシャ人のIDカードに印刷された身分証明写真を拡大コピーして抽出したそうです。カーテンをめくりながら自由に室中を移動すると、どこかやはりこの世のものではなく、どちらかという死者の世界を想起させるような感覚に。どのカーテンをめくっても、これら「匿名」の目が追いかけてくる、不気味さも面白かったです。なんでしょう、この感覚。彼らの目に心の中を見透かされるような居心地の悪さがなんともいえませんでした。f:id:hisatsugu79:20160927150508j:plain

そして、抱き合わせ展示として部屋の真ん中に置かれた金色のカバーで覆われた四角錐の山が「帰郷」。はっと見、「う◯こ」を想起させます。しばらく見ていましたが、なんだこりゃ?!とさすがにお手上げ。

例によって解説ビデオを見ると、彼にとってこの「金色」は、ストレートにお金や富の象徴である一方、「死」の象徴でもあるのだそうです。

この「◯ん◯」みたいな金色の布カバーは、有名な金山があるメキシコのモンテレイで制作されました。モンテレイはメキシコの中でも、特に治安が悪く、殺人事件が日常茶飯事。まさにお金と死が隣り合わせになる街で制作されたインスタレーションとのこと。

カバーの下には、使い古された工員の作業着が山となって積まれているそうです。これは、越後妻有トリエンナーレでの「No Mans Land」と同じコンセプトですね。

4-5「アニミタス/ささやきの森」

そして、最後の部屋。入室しようとすると、係員から麦わらアレルギーの有無を確認され、「大丈夫です」と答え、部屋の中へ。麦わらが敷き詰められた室内の真ん中に大きなスクリーンが置いてあって、両側からそのスクリーンの映像を見るような形です。

上から見た図
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表側の映像作品が「アニミタス」。荒涼とした高原のようなところで風に揺れる風鈴が延々と映像で流れます。裏側は「ささやきの森」。森の中で木にくくられた風鈴がゆれています。

表側の荒涼としたような高原は、日本の恐山を彷彿とさせ強く死者の世界を連想させる荒涼とした光景。一方で、裏側の森の中は、日本で良く見る裏山の雑木林。

「アニミタス」f:id:hisatsugu79:20160927150554j:plain

「ささやきの森」f:id:hisatsugu79:20160927150538j:plain

それぞれの作品について、乾いた風鈴の音は心地よいのだけど、何がいいたいのかサッパリわかりません。ラチが開かなかったので、本館1F映像ルームへ戻り、ボルタンスキーの解説インタビューを聴きに戻ります。

表側「アニミタス」は、過去にチリの4000mを超える高原で制作した風鈴のインスタレーション。タイトルの「アニミタス」とは、スペイン語で「小さな魂」を表す言葉です。なるほど、風鈴一つ一つが名もない死者の魂ということか。天空に一番近いと言われる荒涼とした大地で、いわば死者を送り出す賽の河原のようなものを造りたかったのですね。ボルタンスキーは、このインスタレーションを現地に設置してから、メンテせず放置し、自然に朽ちていくに任せたとのことです。

一方、裏側の「まなざしの森」とは、豊島(瀬戸内海)に昨年ボルタンスキーが新たに設置した参加型インスタレーションでした。鑑賞者は、それぞれの願いを短冊に書いて、それを風鈴に結びつけ、この「まなざしの森」まで30分ほどかけて歩いていって、木の枝に吊るしてきます。こうすることで、名も無き人々が祈りを捧げる神社のような一種の「聖地」ができあがり、人々が死んでいなくなっても、祈りだけが残り続ける意識場みたいなものを残したかったのだと。

この2つの遠隔地に設けられたインスタレーションを、映像で一つの部屋にまとめた意義について、ボルタンスキーは映像の中で「その場所に行かなくても、その場所を知っているということがより大事なのです」と語っていました。「記憶の継承」を何より重視するボルタンスキーならではの考えだなぁと納得しました。

7.まとめ

過去作品なども丹念に見ていくと、ボルタンスキーの作品は、ホワイトキューブと言われるような、いわゆる美術館的なハコの中で鑑賞されるタイプより、与えられたその場その場の展示場所にフィットしたサイトスペシフィックな総合展示が多いのですよね。(カネにならんだろうなぁとは思いましたが・・・若干嫌儲な人なのだとか)

点数が少ない分、映像(ビデオ、影絵)、音(風鈴、心臓音、言霊)、そして匂い(麦わら)など、五感すべてをフル活用して、1点ずつじっくり味わうことが出来たので、個人的には大満足です。

初心者にとって簡単ではない展示でしたが、ボルタンスキー本人が丁寧にインタビュー映像で説明してくれますし、彼自身の主張や作風は昔から安定して一貫しているので、ネットに点在する資料も大いに理解の助けになると思います。

面白い展示なので、ぜひ!

それではまた。
かるび

展覧会情報

展覧会名:「クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス-さざめく亡霊たち」
会場:東京都庭園美術館
会期:2016年9月22日~12月25日
公式HP:http://www.teien-art-museum.ne.jp/

映画「SCOOP!」あらすじ・ネタバレ解説!~福山の新境地が印象的な良い映画でした~

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かるび(@karub_imalive)です。

【2016年10月3日追記】

10月1日から封切られた話題の映画「SCOOP!」(スクープ)に行ってきました。「バクマン」「モテキ」でヒット作を連発中の話題の大根仁監督と福山雅治の新境地を見たくて、初日から気合を入れていってきました。以下、感想を書いてみたいと思います。

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※本エントリは、あらすじや解説、評価部分にネタバレを含みます。あらかじめご了承下さいませ。

1.映画館の混雑状況

見てきたのは、ホームグラウンドにしている、いつもの「ユナイテッドシネマ豊洲」の10時20分の回。中型クラスの4番シアターで、着席数は朝一なので7割くらいでした。

さすがに「君の名は。」「聲の形」とは違い、客層が圧倒的に大人です。下は20代から、上は60代位まで幅広い感じ。大根監督が、大人の男女に見て欲しい、と雑誌インタビューで答えていましたが、監督の望みどおりのお客さんです。

120分間ずっとマイルドながら下ネタ連発なので、若い少年少女が勝負デートなんかに間違って選んでしまうと気まずいかも(笑)

2.映画基本情報と動員・興行収入など

【公開日】2016年10月1日(土)
【監督・脚本】大根仁
【音楽】川辺ヒロシ
【原作】『盗写1/250秒』監督・脚本:原田眞人
【制作】映画SCOOP製作委員会
【プロデューサー】川村元気

映画「SCOOP」は、1986年に制作された「盗写1/250秒」という原作映画をリメイクして作られました。主演は宇崎竜童、原田芳雄、斉藤慶子他。DVD化もされていない知る人ぞ知るオリジナル作品で、大根監督が2007年頃から構想として手元であたためていました。数年前にTV朝日から大根監督に映画制作のオファーがあった際に、大根監督から提案して実現したとのこと。

気になる動員数と興行収入は、封切り初週2日間で12万7千人、1億5600万円となりました。動員数では、初登場4位。少し苦しい?立ち上がりとなっています。

3.キャスト

福山雅治(都城静/みやこのじょう しずか役)f:id:hisatsugu79:20161001213431j:plain

会社のもとエースカメラマンで、今はフリーで酒浸りの中年パパラッチ。野火と出会い、再び大物政治ネタを追うカメラマンとして再起をかけるが・・・

二階堂ふみ(行川野火/なめかわ のび役)f:id:hisatsugu79:20161001213502j:plain

「SCOOP!」編集部に新人記者として配属され、静の下で修行することに。ハードな現場でもくじけず体当たりで仕事を覚え、順調に成長していく。

吉田羊(横川定子/よこかわ さだこ役)f:id:hisatsugu79:20161001213528j:plain

「SCOOP!」副編集長。静とは以前恋仲になったことがあり、事あるごとに静をきにかけ、再び静を表舞台へと引き上げようとする。

滝藤賢一(馬場役)f:id:hisatsugu79:20161001213543j:plain

「SCOOP!」副編集長。主にグラビアを担当し、貞子と事ある度に雑誌の方向性を巡って対立する。静と組んで過去大きな仕事をこなしたこともある。

リリー・フランキー(チャラ源役)f:id:hisatsugu79:20161001213552j:plain

ヤク中で逮捕歴もある、ボクサー崩れの情報屋。静とは心を許しあう旧知の仲。本作のストーリーの核心を握るキーマン。チャラ源との交遊はやがて取り返しのつかない事態へと発展・・・?!

4.大まかなあらすじ(ネタバレ)

大物政治家や芸能人のスキャンダル記事を得意とする写真誌「SCOOP!」に新人記者、野火(二階堂ふみ)が配属されてきた。多忙な現場で走り回る副編集長の定子(吉田羊)は、早速現場に1人で向かわせる。

一方、フリーの中年カメラマンの静(福山雅治)は、今日も芸能ネタを追って都心を走り回る日々。ある日、いつものように芸能人の獲物を捕らえかけたところで、若い女の記者に思わぬ邪魔をされ、ご立腹。

怒りに任せて「SCOOP!」編集部に乗り込み、定子に喧嘩腰でクレームをつける静だったが、定子は意に介さない。逆に、減少し続ける雑誌の売上をテコ入れしようと、元同僚でもあった静に、臨時専属カメラマンとしてで野火と組み、彼女を育成するよう好条件でオファーする。いやがる静だったが、借金返済のためにしぶしぶ引き受けることとなった。

芸能ゴシップのスクープには、強い忍耐力と機動力、アイデアが必要になる。静の下で初めて見る壮絶かつ醜悪な現場に思わず、「最低の仕事ですね」と毒づく野火。

それでも、静の旧知の仲である情報屋のチャラ源(リリー・フランキー)のタレコミなども活用しながら、若手芸能人の合コン現場や政治家の密会現場を次々とものにしていくふたり。それが雑誌売上げアップという成果につながると、野火は次第に仕事に夢中になっていく。

コンビでの仕事がうまくまわりだし、野火はアシスタント記者として成長。いくつもの芸能ネタで特ダネスクープを連発し、さらに雑誌の売上に貢献するように。

勢いづいた定子は「SCOOP!」の新機軸として、芸能事件だけでなく、大物政治事件をも視野に入れて取材を拡大する方針を打ち出す。過去、会社のエースカメラマンだった静を起用しようとしていた。

編集会議では、事件ネタで部数アップを図る定子と、グラビア袋とじ企画で部数を守ろうとする、同じく副編集長の馬場と激しく意見対立する場面もあった。

ある日、いつものように芸能ネタを追っていた静と野火は、半グレを仲間に連れた若手芸能人の一団に遭遇する。一度はカメラを構えた静だったが、危険を察知して取材をやめてしまう。納得が行かない野火は、「私一人でも行きます」と現場に1人で行ってしまう。

案の定、野火は半グレにつかまり、乱暴されそうになる。その寸前に、バットを持って現場に飛び込んできた静とチャラ源。静はすぐに半グレにのされてしまうが、元ボクサーのチャラ源が、半グレをKO、野火の救出に成功した。

その晩、一晩中飲み明かした静とチャラ源遠くからずっと見ていた野火。やがて、チャラ源と別れ、自宅へ帰り鍵もかけずに寝ていた静の家に入っていく野火。静が目をさますと、野火の昨晩のガッツに感化されたのか政治事件案件に前向きになった静。「やるか」と決意。

そのまま静といい雰囲気になりかける野火。しかし、さあこれから・・・というときに、定子が静の部屋に入ってくる。定子との過去の経緯や関係を聞かされ、動揺した野火はそそくさと家に帰っていく。

翌日以降、作戦会議を経て、連続殺人事件の犯人の護送中に、ガードをかいくぐって犯人の顔を撮る企画を、静を中心として「SCOOP!」編集部総力で取り組むことになった。現場には、普段はグラビアを担当している馬場を撹乱役として投入し、最後は静もおとりとなって、野火が見事に犯人の顔を激写することに成功。チーム連携で特ダネを掲載した「SCOOP!」の売上は、等々目標の300,000部を超えるのだった。

その晩、打ち上げが終わって野火は静の部屋へ。ふたりは結ばれる。翌朝、静が先に目覚め、野火の寝顔を手持ちのライカで撮影した音で、野火も起きる。静の昔話をして、このままハッピーエンドになるのかと思っていたその時、チャラ源から電話が。エンディングへ向かって、ストーリーが急展開していくことに。

チャラ源からの電話に寄ると、麻薬がキマった錯乱状態で、家族の元へ帰った際に、別の男がいたために激昂して妻と間男を撃ち殺してしまったという。現場に急行した静は、子供を人質に取るチャラ源をなだめつつ、場所を移動しながらなんとか説得に務める。

野火は、その二人の姿を遠巻きに見てシャッターチャンスを伺うが、チャラ源が野火を見つけてしまい、ふたりはもみ合いに。その時、銃が暴発し、静の頭部にヒット。静はその場で即死し、チャラ源は警察に取り押さえられるが、静は、死の直前の決定的瞬間に、野火に「撮れ」と目で合図を送り、野火は静が撃ち殺される決定的瞬間をカメラに収める。

編集会議では、この写真の掲載を巡って馬場と定子が激しく対立するが、新編集長に内定していた定子の方針で、写真は掲載されることに。念のため、原稿に使えるかもしれないと、静の遺品のライカに入っていたフィルムを現像室で現像してみると、ピンぼけの写真ばかりの中、最期の1枚として出てきたのは安らかな寝顔がおさめられた野火の写真があった。

野火は泣きながら原稿を書き、翌週の「SCOOP!」には静が撃たれた瞬間の文字通り「人生をかけた一枚」となった写真が掲載され、ベストセラーになった。

そして、月日がながれ、定子は編集長になり、野火も部下を従えて相変わらず現場に向かうが、野火は静の遺品であるライカをお守り代わりに、今日も頑張るシーンが描かれたところで、終了。

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5.映画のみどころやポイント

まず、ぱっとみて僕が感じた映画の見所は、大きく以下の3つ。

5-1:中年の粗野なオッサンを演じた福山雅治の新境地

普段はスマートな主役を演じることの多い福山が、敢えて年齢相応の、粗野で下品な中年パパラッチに挑戦。映画中では無精髭と葉巻、派手なアロハシャツ姿に扮して、チンピラのような下品な言葉遣いは、新鮮ではありましたが、妙にしっくりきました。たまに深夜のオールナイトニッポンで見せるような福山の持つ素の部分(=軽さ)が活きていたのではないかと思います。

5-2:リリー・フランキーの怪演

大根監督の映画作品は、「モテキ」以来毎回出演中のリリー・フランキー。「モテキ」「バクマン」では業界臭のぷんぷん臭う、クセのある編集長役でしたが、今作では怪しいヤク中のブローカー役。ガンギマリしてラリって町中で銃を乱射するラストシーンはさすがでした。

「モテキ」の時に、ベテランTV業界人のいやらしさや臭みを味わい深く出した演技に舌を巻いたのですが、今回もラスト10分は完全に彼が持っていきましたね。ゾゾゾっとするほどの気持ち悪さが神がかって最高でした。

監督からの信頼も絶大で、キネマ旬報10月上巻では、こんなふうに語っていますね。すでにスタッフ側のような存在であります。

大根監督とは『モテキ』の時から、俺の家で編集途中のラッシュを観るって決まっていて。ここはこうかなーとか、福山くんがここを見ている時間はもうちょっと長い方がいいんじゃないかとか、ああだこうだ言うんです。たぶんその時は、もう出演者と監督じゃなくて、映画の好きな友だちの感覚にお互いなっているんですよ。

5-3:大根作品らしいジャンル横断的な強いサブカル臭と作り込み

大根作品といえば、ディテールまで細かくこだわる小道具や設定、サブカル的なエッセンス満載の画面や音楽、そして女性の美しいエロシーン(笑)

今回も、立ち飲み居酒屋で静と定子がやりとりするシーンでは、バックの有線にモーニング娘。の「真夏の光線」が流れたり、カラオケで野火が大塚愛の「さくらんぼ」を歌ったり、相変わらず少し古くなった懐かしいJ-POPを使うところは健在。

また、芸能人を追っかけるだけあって、きちんと六本木や渋谷、中目黒、恵比寿など、妥協のないロケ地の選定はリアリティがあったし、芸能人を激写する際の様々な技術(花火、音を立てる、煽る)半グレに絡まれるシーンなども取材に基づいた演出でした。芸能人が使いそうな派手な飲み屋や風俗店の描写も良かったです。こんなとこ、絶対いかんわーと思いながら見てました。

さらに、大根作品では常連でもある、現役のAV女優(星野あかり)を起用した衝撃のコールガールとの冒頭シーンとか、オタク臭満点な編集部員たち、何気なく道端に落ちている雑誌がSPAだったり、2週目以降リピートする際は、ディテールに注目するのも楽しいかも。

6.映画のその他伏線・設定など(★随時追記/ネタバレ注意★)

6-1:1万円の掛け金について

静と野火が最後に一夜を明かし、野火が起きて写真の話をした時に、静は「俺の負けだ、定子に1万円渡しておいてくれ」とくしゃくしゃの1万円札を野火に手渡します。あの1万円札はなんの意味があったのでしょうか?

よく思い出してほしいのですが、物語最序盤で、定子と静がふたりで打ち合わせする時に「野火が処女かどうか1万円賭けるか」静は野火が「処女である」方に賭けたのでした。・・・ということは?(笑)

6-2:チャラ源と静の過去について

映画中、静は「チャラ源には借りがある」と口にして、最後まで義理堅く面倒を見ていましたが、その「借り」とは何だったのか。

チャラ源は、情報屋になる前、ジャッカル源という名前のプロボクサーでした。ボクシングファンだった静は、チャラ源を現役時代からリスペクトしていました。静は、定子とペアを組んでいた若い時、引退後に情報屋を始めたチャラ源と出会い、すぐに意気投合します。

以後チャラ源と、時には非合法な手段も使ってスクープを連発できるようになったのですが、ある時、暴走したチャラ源が少女買春をした大物政治家を軟禁して、それを静が撮影し、「SCOOP!」に掲載したことが問題に。後日政治家スジから圧力がかかり、それが元で静は解雇され、チャラ源は懲役処分を食らうのですが、屏の中に入ったチャラ源は、過去の取材等での静との関わりについては一切喋らず、1人で罪を背負って服役しました。これを静は大きな「借り」と認識していたということです。

当初、その「借り」を描いた伏線パートも映画に入る可能性がありましたが、諸事情によりカットになったということです。

チャラ源が元ボクサーだったという伏線は、チャラ源の灰色のスウェット姿や、野火救出の際の活躍で何となくわかりましたよね。

6-3:ロバート・キャパと、映画の結末を暗示する写真

映画の最後で、静は野火にロバート・キャパの写真集を見せながら、若かった時の夢を語っていましたね。戦場で記者が撃たれた決定的瞬間を捉えたと言われ、ロバート・キャパの名を世界に知らしめた有名な写真です。タイトルは、「崩れ落ちる兵士」。

「崩れ落ちる兵士」
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(引用:http://toyokeizai.net/articles/-/12722

ロバート・キャパは、ハンガリー出身の世界的に有名な戦場カメラマン。ですが、厳密には「架空の人物」なのです。本名はフリードマン・エンドレ・エルネーといい、売れない不遇な時代が続きました。フリードマンは、ある時、ベテランのアメリカ人カメラマン「ロバート・キャパ」という架空の人物を設定し、その名前で心機一転この写真を含む戦場写真集を売り込むことを考えつきます。

そして、戦場で上記「崩れ落ちる兵士」をカメラに収め、「ロバート・キャパ」名で発表したところ、これが世界的に注目を浴び、カメラマンとして一発逆転の大成功につながっていきました。

「記者が撃たれた決定的瞬間」をカメラに収め、伝説的戦場カメラマンになったロバート・キャパ。この写真と、写真をめぐる後日談が、数分後の静に起こる悲劇の結末をそっくり予言していたのですね。

数分後、チャラ源ともみあった静は、撃たれる寸前に野火に「撮れ」と目配せし、自らが撃たれる決定的瞬間を野火に撮らせ、作品に仕上げます。そうして、静は現場で殉死しましたが、野火や定子、馬場ら「SCOOP!」メンバーの心の中で生き続けます。

死後数十年経ってもなお伝説的カメラマンとしてその名を轟かせ続けているロバート・キャパ同様、静もレジェンドとなって語り継がれる存在になったことでしょう。大根監督、ラストに渋い演出でした。

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7.映画の感想や評価(★ネタバレ注意★)

エンターテイメントとして見たら、最高に面白い映画です。猥雑できらびやかな都心の繁華街で芸能人を追っかけ、様々な技を駆使して、一撃必殺のヒットアンドアウェイでスクープ写真をゲットしていく。そのスピード感とスリルは、リアリティ満点で非常に楽しめました。政治家とのパパラッチばりのカーチェイスもよく撮ったなぁという感じ。

また、主人公が最期に撮った(撮らせた)人生をかけた一枚となった写真が、自らの不慮の死を遂げる決定的瞬間だった、という、不条理さ満点でドラマチックなラストも、一種裏稼業的な職業を極めてきた男の最期を象徴するようで良かったです。

その反面、作品全体を通してのテーマ性は、敢えて設定されていないように見えます。キャスト陣の演技力は素晴らしいのですが、特に作品全体に通底する深いテーマ等は設けず、純粋な娯楽作品として仕上げられた感じ。行き過ぎた報道写真の倫理性、社会的意義や功罪などについてのメッセージはこの映画には見当たりません。作品にアートなものや芸術性、深い意義を求める人には物足りないかも。

否定も肯定もせず、リアルに報道現場で起こっていることをストーリー仕立てで表現してみたので、あとはこの映画を見たみなさんがどう受け止めるか考えてね、っていう感じで、解釈は鑑賞者に委ねられています。

「Yahoo映画」や「映画.com」の評価を見ると、見事に評価が1~5に分かれています。評価「1」と評価「5」が一番多い、典型的に賛否両論な評価。サブカル臭漂う濃厚な画面やフックのあるストーリーが評価されている反面、アート性、メッセージ性の薄さやスッキリしないラストシーンが許せない人が酷評している構図にみえます。

そうそう、前半部分で静が野火と組んで仕留めた最初の芸能人カップルはどうみてもNEWSの手越祐也とAKB柏木由紀ですね(笑)2人目、お天気お姉さんと密会していた大物若手政治家はあからさまに小泉進次郎だったし。

8.まとめ

感想に書いたとおり、賛否両論ある作品となりましたが、ディテールにこだわったリアルな設定や練り上げられた意外性のあるストーリーや、画面の作り込みは大根監督らしさが出ていましたし。俳優陣も、福山雅治を始め、俳優の演技力には間違いなく見ごたえがあります。おすすめの作品です。

それではまた。
かるび

9.より映画「SCOOP!」を楽しむための書籍など

最初コンビニに置いてあるのを見た時、完全にフライデーやFLASHと見間違えました(笑)内容は、主要登場人物全員と大根監督へのロングインタビュー、週刊文春の現役編集長と大根監督の対談、映画中にスクープされた全写真(袋とじ)、さらに映画ではカットされ描かれなかった「静とチャラ源の知られざる前日談」など、映画「SCOOP!」をより楽しむためのコンテンツが満載でした。Kindleもあるけど、紙媒体が絶対オススメ!

原作となった30年前の「盗写1/250秒」は、DVDも出ておらず事実上入手不可能な状況です。大根監督が書き下ろしたこの「シナリオノベルズ」が事実上の原作ですね。ディテールにこだわる大根監督の映画を味わい尽くすなら、必携です。

会社では決して教えてもらえない最低賃金の仕組みと、そのチェック方法について

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かるび(@karub_imalive)です。

昨日10月1日から、今年度の最低賃金の改定が各都道府県で一斉に始まりましたね。平成28年度の全国加重平均金額は、823円と、とうとう大台の800円を突破してきました。

報道や新聞記事を見ていると、過去最大級のアップ幅であるにも関わらず、報道記事は少なめですね。意外に最低賃金やそのチェック方法について、知られていないのが現状です。

もちろん、会社では教えてくれるネタでもないと思います。この手の情報は、自分自身で探して自衛していくしかないんですよね。そこで、本記事では、最低賃金について最低限知っておいたほうが得な情報やチェック方法について簡単にまとめてみたいと思います。

0.そもそも最低賃金とは何なのか?

日本の労働法の一つである、「最低賃金法」では、最低賃金制度とは、働くすべての人に、賃金の最低額(最低賃金額)を保障する制度であり、国が賃金の最低額を決定したら、使用者(=企業、雇い主)は、その最低賃金額以上の賃金を労働者に絶対に支払わなければならないとされています。

最低賃金は、通常、都道府県別に「時給」で金額が定められます。これを「地域別最低賃金」制度といいますね。例えば、僕が実家近くのイオン奈良店で時給770円で働いた場合。東京や横浜だと違法賃金になりますが、最低賃金額が762円の奈良県では法律的にOKとなるわけです。*1

つまり、この国で、誰かに雇われて働く以上、最低限必ずもらえるお金の最低額っていうのは保証されているんですね。

1.最低賃金は毎年どうやって決まるの?

政府や世論の意向を踏まえ、中央審議会→地方審議会の2段階式で、毎年7月中旬~下旬頃に金額が決まります。

最低賃金は、まず中央最低賃金審議会という、厚生労働省内に設置された会議で話し合われます。そこで出た方針を受け、次に各都道府県の地域最低賃金審議会で話し合われます。最後に、地域最低賃金審議会での答申(=結論)を受け、最終的に各都道府県労働局長が最低賃金を決定します。

ちなみに審議会って、実は誰でも傍聴に参加できるのです。発言はできないけど(笑)中央官僚や各界の利害相反する有識者たちが結構マジメに話し合う様子は、見ていてなかなか面白いですよ。僕も何度か傍聴に参加したことがありますが「あ、ちゃんとやってるんだな」と感心しました。事前に必ず各省庁のHPで募集がかかるので、気になる人は是非。

中央最低賃金審議会審議会開催案内 |厚生労働省

そして、議事録や答申結果もサイトにしっかりアップされます。新聞記者やマスコミは、こういう資料をベースに速報記事を起こすのですね。

中央最低賃金審議会 (中央最低賃金審議会) |厚生労働省

2.安倍政権は最低賃金アップに力を入れている

さて、こうして決まった平成28年度の都道府県別最低賃金は、以下の通り。

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ここ数年、安倍政権が賃金の底上げによる景気回復を目指していることから、最低賃金の上昇率が高くなってきています。東京や大阪、愛知、神奈川など、大都市圏を中心に過去最大級の25円アップとなりました。人口を加味した全国加重平均は前年の798円から、同じく25円アップの823円となりました。

最終的には、最低賃金時給1,000円の大台を目指す安倍政権の、数少ない(?)成果のうちの一つでしょう。2020年までに、東京だけでも1,000円を突破したいんじゃないでしょうか?

考えてみたら、2006年の全国平均最低賃金は683円でしたので、ここ10年で150円も上がっている計算となります。いまだ先進国内では最低レベルではありますが、なんとか形になってきました。

3.なぜ最低賃金を知っておいたほうがいいのか?

ここ数年急ピッチでアップしていることもあり、実はかなりの会社が故意/過失にかかわらず、最低賃金割れとなったまま給与を放置している実態があります。

例えば、最近厚労省から発表された埼玉県の平成28年度(1月~3月)での抜き打ち検査の事例では、実に16.4%の事業場で、最低賃金以下の時給で雇用していた従業員がいたことが判明しています。意外に多くないですか?

http://saitama-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/library/saitama-roudoukyoku/press/2016/pr20160715-01.pdf

実際には、故意に放置した、というよりは、会社業績等を鑑みて給与を据え置き、または漸増で抑えていたら、気づいたら最低賃金を結果として下回ってしまったケースが多いのかな、とは思います。

僕の前職でも、「みなし残業給与」を付与していた高卒や専卒の若手社員が、最低賃金改定のタイミングで最低賃金を割りそうになったので、臨時給与アップを図ったことが何度かありました。

役員から、処理しておけ、と言われて雇用契約書の再締結処理を行った時、ものすごく微妙な空気の中、対応した思い出が多々あります(笑)

4.どんなケースで最低賃金を切りがちなのか

4-1:ブラック企業のアルバイト

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さすがに最近はあからさまに最低賃金を切る価格での募集および応募は減ってきましたが、よくあるのが、「試用期間中の給与ダウン」。時給は1,000円なんだけど、試用期間中だから800円で。みたいなケースがたまにあります。

これはNG。試用期間中であろうとなかろうと、原則最低賃金を切ることは許されません。厳密に言うと、試用期間中は、正当な理由付けがある場合については、当該社員についてのみ、個別に最低賃金を下回る申請を所轄労基署へ提出し、許可が出れば最低賃金を切る設定をかけることは可能といえば可能です。ただ、、ものすごい事務工数と厳しい審査があるため、まぁ普通のバイトでは認められません。

4-2:若手正社員で、みなし残業、みなし深夜労働等で最低賃金を切るケース

これが一番多いケースです。よくある新卒求人で、こういうパターンがあります。

よくあるパターン
★企業A(東京都・飲食業)
・大卒初任給220,000円(40時間分みなし残業代60,000円を含む)
・所定労働時間8時間、完全シフト制
・年間休日107日

さて、このケース。一見、初任給はそこそこ見た目上良さそうに見えますが、そこにはからくりが。基本給に、残業代40時間分が給与にあらかじめ含まれているのですね。こうしたやり方は合法なので、実際、サービス業等、残業が発生しやすい業種では、かなりの会社で残業代を内包して、このように見た目にお化粧をした雇用契約が行われています。

こうしたお化粧が入った給与の場合、時給計算を行う際は、「みなし」残業代等は全部抜いて計算をしなければなりません。交通費等も同様の扱いです。

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(引用:求人・転職情報のはたらいく

すると、上記のケースでは、平均時給=(220,000円-60,000円)✕12ヶ月➗(365日-107日)➗8時間=930円となり、2016年10月1日からは、見事に東京都の平均賃金932円を割ってしまうのです!

大企業の場合(といっても大企業がこういう給与体系を組むこと自体どうかと思いますが)、法務部門や労務部門がしっかりしているため、雇用契約書の再契約を会社から申し出てくるでしょう。でも、事務方の工数が乏しい中小や零細企業にいる場合、故意/善意にかかわらず放置されてしまうケースが多いと思います。

心当たりのある人は、ぜひ確認してみましょう。

4-3.派遣先の給与で計算されていないケース

期間限定の契約社員等で、人手の足りない遠方の現場に派遣されるケースでよく発生するのですが、例えば、あなたが今、秋田県の派遣会社で時給750円で雇用されているとします。明日から、急遽東京にオープンした新店舗のオープニングスタッフとして、3ヶ月秋葉原に行ってくれ、と言われた時、この時給では法律違反になります。

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なぜなら、派遣契約で働く場合、適用される最低賃金は【派遣先】の都道府県の金額が適用されるからです。このケースの場合、最低932円以上ないといけないわけですね。

5.最低賃金のチェック方法

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数式等はあるのですが、自分で計算するのは正直面倒です。交通費や深夜手当、残業代を除外したり、正社員等の場合は、通常給与は月給ベースで支給されるため、時給に計算し直す必要もあります。

そこで、以下の厚労省の特設チェックサイトが便利。

ここのサイトで、必要な数値や情報を打ち込んでいくだけで、今のあなたの月給や日給が最低賃金に達しているかどうかわかります。ぜひ活用してみて下さい。

6.最低賃金を切っていた場合はどうするの?

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たとえ、最低賃金に満たない金額で雇用契約書を交わしていた場合、その部分は無効となり、最低賃金分の給与を受け取る権利があります。

そして、至急、違法状態を是正したいところですが、、、

まず、自分自身で会社に交渉できるのなら、それが一番早いと思います。

会社との信頼関係が揺らいでいたり、まともに聞き入れられるのが難しそうなのであれば、次善策としては資料一式を持って労基署へ相談に行ったほうがいいでしょう。あなたの相談や告発は、匿名で処理されますので。

あるいは、誠意のない態度を取られそうな場合は「明らかに法律違反なので、労基署に行きますが?」みたいな話を交渉の場で効果的に使うのもいいかもしれません。ただし、場合によっては人間関係が壊れてしまうこともあるので、熱くならず、冷静にケースバイケースで対応してください。

7.そもそも最低賃金で雇われている状態はどうなのか?

例えば、チェックしてみて、「はっ!自分の給与最低賃金ぴったり!」となった場合、どうでしょうか?たとえ適法であっても、あなたの給与がぴったり時給932円(東京の場合)だった場合、複雑な心境ですよね?

最低賃金というのは、国が定めた適法な賃金の最低額です。特別な事情がなく、この金額で雇用されているという状態は、以下の2つのケースに該当するケースも考えられると思います。

1)できるだけあなたのことを安く雇いたい。給与をアップしたくない。
→経営者のマインドが時代錯誤的なブラック企業なのでは?

2)払いたいけどこれ以上は払えない。やむなく最低賃金にせざるを得ない。
→会社の経営状態がやばい。将来性も含めて厳しいと判断できるのでは?

通常、良い人材を採用しようと思ったら、この求人難の時代ですから、最低賃金よりも少しでも端数を切り上げて計算すると思われます。例えば、東京都なら時給950円とか1,000円とか。そこを、敢えて最低賃金で雇用しようという姿勢。ここをどう判断するかですね。

実際、労使問題で大きくイメージダウンした飲食チェーン、ワタミフードサービスでは、全国の支店のうち10数都道府県で、最低賃金でバイトの募集をかけていたという実績がありました。象徴的ではないでしょうか?

8.まとめ

雇用されている以上、最低賃金以上の給与をもらうのは全労働者の基本的な権利です。「自分の給与って、大丈夫かな?」と不安な人は、自衛のため、あるいは会社の経営状況を図るモノサシとしても、一度自分の給与が適正かどうか1年に1回調べてみてはいかがでしょうか?

それではまた。
かるび

*1:(危険な現場業務を含む製造業で働くひとたちを中心に、ある特定産業では、地域別最低賃金よりも高く設定された「特定最低賃金」という制度もありますが、少し専門的になるのでこのエントリでは割愛します)

かわいすぎる禅画?!の決定版!大仙厓展@出光美術館の感想

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かるび(@karub_imalive)です。

10月1日から開催中の「大仙厓展」に行ってきました。

ここ数年、ゆるふわでかわいい禅画の決定版として仙厓(せんがい)が書籍や雑誌などで取り上げられることが増えてきました。展覧会でも、毎年、全国どこかの美術館で特集が組まれていますが、今回の「大仙厓展」は文字通りその決定版。仙厓が生涯で残した禅画の数々を一堂に集めた展覧会となりました。以下、感想を書きたいと思います。

1.混雑状況と所要時間目安

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僕が行ってきたのは、会期初日となる10月1日(土)午後15時頃。これまで出光美術館に行ってきた中では、一番の混雑でした。ただし、作品の前に人が鈴なりになって入れない、ということはありません。

出展点数が多く、中身の濃い展覧会ですので、90分~120分は空けておいたほうがいいかもしれません。

2.大仙厓展のコンセプト

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「仙厓」といえば、出光美術館のエース級コンテンツ。今回の「大仙厓展」は、出光美術館開館50周年を記念し、江戸時代後期に活躍した仙厓和尚が描いた禅画の数々を最大規模で展示した総合回顧展です。出光美術館、福岡市美術館、九州大学文学部から仙厓の代表作を厳選し、展示替えも含めると全部で約150点の作品が出展されます。

3.仙厓と禅画について

仙厓義梵(せんがいぎぼん/1750~1837)は、臨済宗古月派に属する僧侶でした。19歳で僧門へ入り、禅修行の傍ら、40代後半頃から狩野派の絵師について習うなど、絵を描き始めます。

仙厓 自画像
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(引用:かわいい禅画

江戸時代の「禅画」といえば、同じく臨済宗中興の祖とも言われる、白隠慧鶴(はくいんえかく)も有名ですね。近年は、白隠、仙厓をセットで「禅画」の大家として紹介されることが増えました。仙厓と白隠は同じ臨済宗で活躍した時期も重なりますが、二人の所属する派が違っていたため、二人の直接の交流はなかったようです。

ただ、ふたりとも「アート」として絵画を描いていたわけではなく、庶民に幅広く仏教の教えを広めるための助けとなるようなイラスト感覚で、人々から請われるままに「禅画」を描いたという点は共通しています。

仙厓が本格的に禅画を量産しはじめたのは60代以降でした。40歳の時から第123代住持(要するにお寺の責任者)を務めていた聖福寺を引退し、虚白院に隠居してからペースアップします。そこから、88歳で亡くなるまで、庶民と交流し、わかりやすく仏教の教えを広めるために絵を描き続けました。

仙厓の「禅画」は現存する作品のほとんどが黒墨一色で描かれた水墨画です。若い時は、狩野派にならい、詳細まで技巧的に描いた山水画等を描いていました。老境に入るにしたがって、画風はだんだんと簡略化され、「かわいい」と言われるマンガ的・即興的な禅画が増えていきます。特に顕著に変化したのが、60代に入り、隠居したあたりからでした。本展覧会では、仙厓の年代別の作風変化がわかりやすく比較できる一覧展示もみどころです。

4.展覧会の見どころ

4-1:かわいい禅画の決定版

あまりに最近「かわいい」「ゆるい」と言われすぎてコアなファンはすでに食傷気味になっている人も多そうですが、でも、確かにこれは「かわいい」です。白隠もコミカルで「かわいい」ですが、仙厓はそれを越えていますね。今風に言うなら「かわいすぎる禅画」を描かせたら江戸時代No.1の絵師かもしれません。

試しに仙厓のことを全く知らず、美術展に普段行かない妻に仙厓の絵を見せたら、瞬時に帰ってきた感想が「わー、かわいい~」でした(笑)反応、わかりやすっ。

仙厓ならではのやりすぎと思えるほどコミカルで幸せ感あふれるな人物・動物は、安心して見ていられますし、時代を超えて私たちを幸せな気持ちにさせてくれます。江戸時代当時でも人気があったのもよくわかります。(安くタダで描いてくれるし)

4-2:禅画は画賛もみどころ!

「禅画」の多くでは、絵画本体の余白スペースに、絵の内容と連動して仏教の教えに基づいた詩歌や文章が描かれています。これを、「画賛」といいます。現代人の我々には訓練なしで全く読めるような書体ではないので、解説パネルを参照しながらの鑑賞になりますが、これらをじっくり味わってみるのも今回の展覧会のポイントです。

一円層画賛f:id:hisatsugu79:20161005171741j:plain

画賛のみどころについては、こちらのエントリですごく丁寧にまとめてくれています。行く前にチェックしておくと、理解が進むと思います。

4-3:バラエティに富んだ様々な作品達

仙厓は、年を重ねるに連れて、絵の巧さを追求することをやめ、より即興的で簡略な画風になっていきます。布教活動の一方で、絵を通して自分と向き合い続けた仙厓は、悟りへの最後のカベを突破したかのように、73歳の時「厓画無法」を宣言しました。

現代風に意訳すると、「これ以降、ワシは自由に絵を描くのじゃ。ワシの絵には縛りやルールは一切ない!」・・・みたいな感じでしょうか。

今回の展覧会でも、山水画や花鳥画、禅にまつわるテーマだけでなく、筑前名所を回った際の旅行記や来訪者への人生訓など、ありとあらゆるモチーフの禅画が並んでいます。

5.特に面白かった絵(かわいい系以外で)

5-1:「絶筆の碑」

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(引用:出光美術館HP)

仙厓が虚白院に隠棲してから、仙厓に絵をもらいにくる客人が日増しに増えていったといいます。老いと体力の低下から、さすがに応対しきれず疲れてしまった仙厓は、83歳の時に「絶筆宣言」として、記念碑まで作って「絵はもう描かない!」と宣言します。

展覧会では、その時の心境を詠んだ歌までこう残されていました。

「うらめしや 我が隠れ家は 雪隠か 来る人ごとに 紙置いていく」

当時、有名な禅画絵師として名前が知られていた仙厓の絶筆宣言は、遠く京まで伝わったといいます。しかし、記念碑まで建てて絶筆宣言をしたのに、結局は頼みを断ることはできず、以前にも増して、88歳で亡くなるまでハイペースで絵を描き続けたとのことでした。

5-3:「堪忍柳画賛」

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(引用:出光美術館HP)

「堪忍」と力強く書かれた「画賛」の横に、風にしなる柳の木の絵を配した作品。艱難辛苦に対して、柳の木のように柔軟に耐え忍ぶことの大切さを描いています。僕の実家の和室にもこの「堪忍」の複製画がかかっていて、個人的には仙厓の絵の中では一番慣れ親しんでいる作品なので、ピックアップしてみました。(※もっとも、これが仙厓の作であるとわかるまでは、ヘタクソな絵だなぁとずっと思っていましたが・・・)

5-4:「◯△□図」

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(引用:Wikipedia)

楽しくかわいい絵が多い中、仙厓にしては珍しく何の説明もない謎の抽象絵画。この、江戸時代を代表するコンセプチュアル・アート「◯△□図」については、仙厓自身が制作意図を明らかにしていません。この絵の解釈を巡っては、昔から諸説入り乱れてきました。

禅画の世界では、「◯」は悟りの象徴として描かれるため、仙厓自身が□→◯へと悟りに至るプロセスを表現しているという説が有力なようです。その他には、こんな説もあります。

・□は「地」、△は「火」、◯は「水」を表している。
□は「天台」、△は「真言」、◯は「禅」を表している。

展覧会の場で、作品と向き合って自分なりの解釈を考えてみるのも面白いかもしれませんね。

6.仙厓のかわいすぎる禅画!!

指月布袋図
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(引用:出光美術館HPより)

「海賊とよばれた男」出光美術館の初代館長、出光佐三が、19歳の時初めて父親に購入してもらった仙厓の絵画がこの「指月布袋図」でした。布袋さんが画面の外に存在する「月」を指差しているほのぼのとした絵画。繰り返しあっちこっちの展覧会や書籍・雑誌で紹介されていますが、展覧会でも抜群にかわいさが目立っています。「かわいい仙厓」を代表するような作品です。 

トド図
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(引用:かわいい禅画

なかなか江戸時代の日本画で「トド」を描いた絵にはお目にかかれません。これは珍しいモチーフ。あらゆる画題をこなした雑食系アーティストならではの一枚ですね。

指月布袋図(石村コレクション)
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(引用:かわいい禅画

指月布袋図はいくつかありますが、子供のプリプリしたおしりがなんともかわいい一枚。「かわいい禅画」では、「プリケツ」とか書かれてます(笑)

狛子画賛
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(引用:かわいい禅画

円山応挙や伊藤若冲ら、仙厓と同時代のプロの絵師たちもしばしば犬をモチーフに取り上げ、可愛く描く事が多かったですが、仙厓は画賛にまでかわいさをぶっこんできます。「きゃんきゃん」と書かれた画賛。すでに禅とは何の関係もないような(^_^;)

凧あげ
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(引用:出光美術館HP)

仙厓は子供を可愛く描く名手でしたが、この凧あげ図は特に印象深い代表作。ほのぼのとします。

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(引用:出光美術館HP)

どちらかというと「キモかわいい」感じのカエルであります。一気に一筆で描いたような、極度にデフォルメされた妖怪画のようなカエル。これ、30秒位でサラサラっと描いたんでしょうね・・・。

7.まとめ

自由闊達で、良い意味で緊張感のないゆるい禅画が見ていて癒される仙厓ですが、そんな仙厓について画業のほぼすべてを網羅した力の入った回顧展でした。「禅」といえば、”厳しい修行”や”座禅”が思い浮かびますが、そんな固定概念を打ち壊してくれる仙厓ワールドを堪能できる展覧会です。オススメ。

展覧会開催情報

展覧会名:「大仙厓展ー禅の心、ここに集う」
会期: 2016年10月1日~11月13日
会場:出光美術館(東京)
公式HP:http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html
他展との相互割引あり(全部回りたい!)

おまけ:今回の展示会の予習/復習で役に立ったもの

白隠と仙厓の大量に残した禅画の中から、かわいい書画をピックアップして写真で紹介した本です。仙厓パートで紹介されている大半の「かわいい禅画」が、今回の大仙厓展で出展されています。わかりやすいしポップな仕上がりでオススメ。

2001年に芥川賞を受賞した臨済宗の僧侶にして小説家、玄侑宗久氏による仙厓の一生や教えをやさしく解説した本。難解なパートもなく、仙厓の人となりを理解するための入門本としてオススメ。

日本の民間企業では、希望降格制度がなぜ定着しないのだろうか

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かるび(@karub_imalive)です。

僕の前職は、社長が一代で築き上げた成長企業でした。ITのシステム開発業で若い社員も多く、割とスキル重視の実力主義が徹底されていました。僕も、会社の成長期にお世話になったので、27歳でヒラ社員で入社して、5年後くらいには部長格の待遇にさせてもらえるなど、ベンチャー企業のエネルギーというか、ダイナミズムを感じながら仕事をさせてもらえたのでした。

その反面、中小企業でもあったので、上に上がれば上がるほど仕事は激務になっていきました。核家族共働きの中、子供が生まれ、加齢と共に体力が低下していくのに、会社の拡大に伴い、求められる仕事の成果や責任、勤務時間は増える一方で、少しずつ仕事へのモチベーションが下がっていきました。

最終的には、何年か我慢した後、その他の様々な要因もあって40歳で「退職」を選んだのですが、今思い返すと、もし「自主的に降格する」オプションが使えれば、会社に残ることもできたのかな?と考えています。

後述するように、公務員では「希望降格制度」が数年前から定着してきています。しかし、民間企業では、こういった「希望降格制度」を会社の就業規則やルールとして明確に定めているところはほぼ皆無です。。試しに、図書館に行って「日経テレコン」や「朝日新聞縮刷版」を過去30年以上チェックして事例を探してみましたが、それらしい記事すらひっかかりませんでした。

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でも、ネットで普通に「降格したい」と調べると、山ほど事例が出てくるわけです。民間企業でもキャリアの途中で、管理職から「自主的に降格」するニーズってかなりあるんじゃない?と思い、その現状や可能性について調べてみました。

1.公務員で広がる「希望降格制度」

官公庁や教職には、自主的に降格を申し出ることができる制度「希望降格制度」(公務員)/「希望降任制度」(教職)が、正式に条例として設けられている自治体が多数あります。

文科省の統計データがあります。平成26年度の調査によると、教職員が希望降任制度を活用して実際に自主的に降格した事例は、全国合計で過去最大の281名になりました。

★希望後任制度の利用者全国統計(文科省/平成26年度)
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/12/25/1365254_16.pdf

公務員での典型的な「希望降格」事例としては、「教頭/副校長→ヒラの教職員への降格」です。教頭/副校長は、校長の直下で、中間管理職として責任が重く、激務です。担任を受け持たずフリーな立場である教頭は、教職員のとりまとめだけでなく、PTA(モンスターペアレント含)対応や臨時の庶務・雑務のとりまとめなど、あらゆる多種多様な校務が集中しやすくなっており、平均残業時間も月間60Hオーバーと、ヒラの教職員より20H以上多いのです。これに耐えきれなくて「降格」を申し出るわけですね。

もっとも、公務員の場合は、制度としてパフォーマンスが悪いことを理由とする降格制度がないから、代わりに「希望降格制度」が発達してきた側面があるのかもしれませんね。

2.民間企業では、「降格」は会社都合しかない

公務員で制度として定着しつつある「希望降格制度」。これに対して、民間企業はどうなのでしょうか?調べてみたら、就業規則やルールとして取り組みを文書として明確化している企業はほぼ皆無でした。

その代わり、人事施策として実力主義を敷いている会社では、人事査定の一貫として、業務パフォーマンス上の能力不足や加齢(例:55歳役職定年など)によって、「強制的に」降格する制度を設けている企業は多数あります。

企業規模別・降格制度有無f:id:hisatsugu79:20161007202143p:plain
(労政時報第3885号データよりグラフ作成)

「労政時報」第3885号(2015/3)の最新の調査によると、民間企業の59.8%で、会社のルールとして「降格制度」を設けているというデータがあります。規模別で見ると、1000人以上で72.1%と、大手企業が最も割合が高くなっていますね。

その降格要件としては、「一定期間における効果結果の累積」「単年度での業務成果・実績、目標達成等の著しい不振」のどちらかが大多数です。能力未達や業績不振の責任を取らせるための、あくまで会社が決める「降格」ですね。

自分たちで稼いで利益を上げなければ会社が立ち行かない民間企業にとって、能力に応じた柔軟な人材の配置は不可欠ですから、成果/実力主義による「抜擢人事」の裏には「降格人事」が行われるのは致し方ないことではあります。

しかし、これまでのところ、会社都合による「降格人事」は、会社運営上様々なデメリットももたらしています。

3.強制的な「降格制度」がもたらす様々なデメリット

70%以上の会社で、職能・実績に応じた「降格」制度が定着した今、降格人事は日常風景になりつつあります。

ただし、それが自分の身に降り掛かった時に、どうなるんでしょうか?

少し古い記事で恐縮ですが、2005年「日本の人事部」の記事によると、降格制度の最大の問題点は「降格者のモチベーションの低下」であります。さらにアンケート結果を精査すると、「降格者のモチベーションの低下が周囲にも悪影響を及ぼしている」こともわかります。

★降格制度のもたらす問題点f:id:hisatsugu79:20161007182517p:plain
(引用:日本の人事部より)

実際、これは僕の前職でもよくありました。降格人事が行われると、本人に近い同僚や部署の雰囲気が沈み、全体的に社員のモチベーションが下がるという・・・ 

民間企業が現在導入している「降格制度」は、会社が与える「信賞必罰」の「罰」としての側面が強いから、能力不足に由来する懲戒的な色彩をどうしても帯びてしまうのです。(そして、判断を下した上司や役員は何とも思ってなくても、本人がダメージを受ける)

降格された人は、賃金の減少という物理的なダメージに加え、なによりつらいのは、職場での居場所のなさや、恥ずかしさといった精神的な負荷をずっと背負って仕事をしていかなければならないことです。それが、結果として「降格」された人へある種の諦念をもたらし、降格後の士気が戻らず、回りを巻き込んで部署全体のムードをお通夜にするのですね。

4.一方、自ら「降格」を希望する人たちもいる

ところで、その一方で、会社から言われるまでもなく、自ら「降格」を望む管理職は年々増えているのです。こちらのグラフを見て下さい。

第3回上場企業の課長に関する実態調査|調査報告書|

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上記グラフは、産業能率大学が定期的に民間企業の「課長職」に聴取している意識調査「最終的になりたい立場」の結果比較です。

グラフが見づらくて恐縮ですが、点線で囲っている部分が、アンケートに対して「プレーヤーの立場に戻りたい」と回答した人の割合です。第1回の調査では、9.6%でしたが、そのわずか5年後に、14.9%まで拡大しています。現場では、7人に1人強の割合で、「管理職はもういいや」って感じているんですよね。

調査結果に、なぜプレーヤーに戻りたいのか理由までは書かれていませんが、ネットで「降格したい」と調べると、山ほど出てくる悩み相談から、おおよその理由はすぐに推測できます。

★「降格したい」悩み相談をランダムにピックアップ
中間管理職ですが希望降格したいです。自分の部下にあたる人の中... - Yahoo!知恵袋主人が降格をしたいと告白してきました : 家族・友人・人間関係 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
降格希望をどう思いますか - 社会・職場 | 【OKWAVE】

まとめると、主な要因は、こんな感じでしょう。

・求められる職能に対するミスマッチ
・キャリア志向でのミスマッチ
・育児や介護などのプライベートな事情によるもの

担当職として現場で優秀な実績を上げた論功行賞として管理職に引き上げられたけれど、管理は苦手だった、あるいは、プレーヤーに戻りたい!管理をしたくないケース。また、プレイングマネージャーとして成果も管理も任せられ、業務多忙を嫌ってのケースも目立ちます。

潜在的な希望降格者はかなりいるのですよね。しかし、後述しますが、現状では、会社はきっと自主的な降格は認めないでしょう。そして、自主的な降格がままならず、ミスマッチを起こした人材はどうなるのでしょうか?退職・転職するしかなさそうですよね。

アンケートにあったとおり、「降格したい」管理職は、年々増えています。7人に1名の課長さんに、退職・転職されてしまうのは会社としてもかなりきついはず。

それであれば、思い切って公務員を見習って、民間企業でも「希望降格制度」を設けてはどうでしょうか?

5.希望降格制度による自主的な「降格」オプションは、「降格」への悪いイメージを払拭できるのでは?

僕自身、部長職で行き詰まった時、退職前に模索したオプションとしてプレーヤーへの復帰と職務軽減を目指した「自主的な降格」を上司に相談したことが何度かありました。

しかし、配下のメンバーや仲間の士気低下に対する懸念から難色を示され、「自主的な降格」は実現しませんでした。また、「降格」はあくまで会社が決めるものであり、自分できめるものではなく、前例も無いから難しい。。。と。

ですが、会社の準備するキャリアオプションの一環として、オフィシャルな「希望降格制度」が、公務員同様に、入社時から周知されていたらどうでしょうか?

「ライフステージの変化等、働き手の都合に合わせ、自主的な降格ができる」ことを保証されるのは、福利厚生上ポジティブなイメージも喚起され、悪くないような気がします。「降格」することへの悪いイメージが和らぎ、少なくとも既存の降格制度のもたらす弊害は弱まるのではないでしょうか?

7.まとめ

民間企業における自主的な降格制度を「見える化」する「希望降格制度」は、働き手のワークライフバランス増進と、定着率向上を促すはずです。また、「降格」そのものの暗いイメージを払拭する効果により、実際に降格した時に本人の士気が下がってしまうデメリットも打ち消すことができるのではないかと思います。

週休3日制同様、今取り組めば、先駆的な取り組みとして人材採用における差別化を図る大きな武器になるはず。いいアイデアだと思うのですが、いかがでしょうか?

それではまた。
かるび

PS
大手企業で最近導入されている「スタッフ職」「地域限定職」などは、自主的な降格のような使われ方ができるのかもしれませんが、管理職を下りることを直接意味しないケースが大半だと思われるので、少し弱いような気がします。これらと「希望降格制度」の併用は相乗効果になるのでいいと思います。


写真撮影OK!デトロイト美術館展で珠玉の巨匠作品達と出会えました!

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【2016年10月12日更新】

かるび(@karub_imalive)です。

個人的に、この秋、関東地区で最注目している西洋美術系の展覧会は、「クラーナハ展」「ダリ展」「ゴッホとゴーギャン展」そして、この「デトロイト美術館展」です。すでに中部(豊田市美術館)、関西(大阪市立美術館)で開催が終了し、日本巡回展のフィナーレを飾るのがこの東京展。

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早速行ってきましたが、様々な角度から楽しめよう工夫されていて、期待以上の満足度でした。以下、感想を書いてみたいと思います。

1.混雑状況と所要時間目安

僕が行ってきたのは10月12日(火)朝9時30分です。写真撮影OKとなる最初の週だからなのか、平日朝一なのに軽く並んでいることにちょっと驚き。

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芸術の秋らしく、入場して30分も経つと大盛況に。3連休明けの平日朝イチとは思えません。土日ならさらに混雑が想されますので、会期中はできるだけ早めに行っておいたほうがいいかもです。

展示点数は52点と少なめなので、さらっと見ようと思えば1時間程度、写真と撮りながらじっくり楽しむなら90分程度あれば良いと思います。

2.実は閉鎖の危機にあったデトロイト美術館

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(Wikipediaより)

デトロイト美術館(以下、DIAと記載)は、1885年に設立されました。アメリカの「六大美術館」とも称され、開館以来古代エジプトから現代アートまで65,000点を超える膨大なコレクション量を誇るアメリカ屈指の美術館です。デトロイトの市民にも幅広く愛され、日常的に通い詰める地元の愛好家も多数いると言われます。

実は、DIAは2012年~2013年にかけて、その膨大なコレクションの流出と美術館閉鎖の危機にありました。地元自動車産業の不況停滞に伴う税収悪化から、デトロイト市の財政破綻が免れなくなったためです。DIAのきらびやかなコレクションを売却・放出することで、財政危機を乗り切ろうとする動きが表面化しました。

最終的には、調停に入った弁護士、キュレーターらが奔走し、市民からの寄付や各財団からの資金拠出が間に合ったことにより、DIAの運営母体がデトロイト市から切り離され、DIA及びその美術品たちは間一髪で流出をまぬがれることになりました。

日本からも、トヨタ自動車とその関連企業など20社が、ささやかながら約2億円の寄付を実行しました。自動車産業つながりでデトロイト市と姉妹都市として提携している豊田市のお膝元ですし、危機の一因は70年代後半~80年代の日米自動車貿易摩擦にもありますからね。

この時の一連の寄付がきっかけで「返礼」の意味も兼ね、今回の展覧会が実現したのかもしれません。(※公式にはアナウンスされておらず、裏がとれないのであくまで推測です)

3.デトロイト美術館展とは

そんなわけで日本にやってきたのは、デトロイト美術館が所蔵する珠玉の西洋絵画群52点。「なんだ、52点か少ないな・・・」と一瞬思うかもしれませんが、その内容がヤバいのです。約65,000点の収蔵品から厳選された52枚の絵画は、まさに西洋絵画の歴史に名を残す巨匠三昧であります!

入館して最初の1枚目からいきなりルノワールで始まり、つづいてデトロイト美術館が多数所蔵するドガが来ます。そして、クールベ、ピサロ、モネ、ゴーギャン、ゴッホと教科書に出てくるオールドマスター達が怒涛のように続きます。

2階に上がると、ドイツ・フランスの近代絵画群が。目に飛び込んでくるのはまず、カンディンスキー。キルヒナーやノルデ、ルオーを見て、最後の部屋ではモディリアーニ、セザンヌ、ピカソ、マティスが複数枚お待ちかねです。

西洋絵画好きなら全作品ハズレ無しの名品群なので、もう52点でお腹いっぱいです。しかも、曜日によっては全作品写真撮り放題なので、自宅に帰ってからも画像で見返せるというおまけつき。すごくないですか?

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4.デトロイト美術館展の5つの楽しみ方

公式HPにもありますが、本展は、美術館で「見る」だけの展覧会ではありません。「触る」「聞く」「読む」など、様々な角度から楽しめるように工夫が凝らされていました。

4-1:楽しみ方①:写真が撮り放題の大盤振る舞い!

ゴッホ「自画像」が大人気f:id:hisatsugu79:20161011164830j:plain

光に強い油絵が多いデトロイト美術館では、写真が撮り放題。本展覧会でも、会期中、月曜日、火曜日は、本国のルールに則って全写真撮影OK(ただしフラッシュや動画は不可、一部作品はSNS等への掲載不可)となります。海外からの企画展で撮影フリーな美術展はそうそうありませんので、名品たちをカメラに収めておきたい!という人はチャンスですね。

4-2:楽しみ方②:展示作品に触って楽しむ!

もちろん、本物にはさわれません。出口~物販コーナーの間の通路に置かれた、本展覧会のために精巧に複製されたデジタル複製画が対象です。凄いのは、単に平面に印刷されているわけではなく、原画の筆触や油絵のうねり、立体感も精巧に再現されているということ。だから「触って楽しい」のです。

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上記は、ゴッホの絵にペタペタ触る来館者。RICOHによって提供されているデジタル複製画なので、遠慮なくさわれるのです。会期が終わりの方になったら、手垢で黒ずんでそうですが・・・(笑)

東京国立博物館のVRシアター(トッパン・シアター)も凄いですが、作品にじかに触って絵画を楽しむというデジタル技術の発達も画期的です。できればルオーのすんごい厚みのあるやつに触りたかった(笑)

4-3:楽しみ方③:音声ガイドは鈴木京香+原田マハ

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もちろん、音声ガイドもありました。担当しているのは俳優の鈴木京香。年齢の割に声がシックで落ち着いた解説は、作品への集中力を高めてくれそうです。解説部分とかぶっている部分が多かったから、個人的にはもっとマニアックでも良かったかな。

プラス、元キュレーターとしてアメリカで働いた経験がある作家、原田マハによるボーナストラックが2編ついており、展覧会と連動した小説「デトロイト美術館の奇跡」で取り上げた絵画、セザンヌ「画家の婦人」の解説と、DIAでドイツ表現主義系の絵画を力を入れてコレクションした名館長、ヴァレンティナーの功績についての解説を聞くことができますよ。

4-4:楽しみ方④:デトロイト美術館展実現までの奇跡のストーリーを楽しむ

上述した通り、デトロイト市の財政破産に端を発するDIAの美術品流出危機は、最終的に各財団等からの大口の寄付や草の根での募金活動により回避され、収蔵品は守られました。このドラマチックな経緯を、今展覧会にも出展されているセザンヌ「画家の婦人」にまつわるストーリーと組み合わせ、美しく小説にまとめあげたのが、原田マハ「デトロイト美術館の奇跡」。先行して「芸術新潮」誌に集中連載されていましたが、東京展でなんとか単行本の発売が間に合いました。

このストーリーを読むと、2016年に「デトロイト美術館展」が開催できたのは小説のタイトル通り、「奇跡」だったのだな、とわかります。展覧会実現の心あたたまるサイドストーリーとして、展覧会を楽しむ重要アイテムです!

4-5:楽しみ方④:図録を楽しむ

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また、今回は図録の出来も非常に良いです。何よりコンパクトで見やすいのです。美術館の解説パネルや音声ガイドより一段と丁寧なわかりやすい解説が、絵画とセットで1枚ずつ見開きごとについています。会場限定での購入ですので、ぜひ。

5.きらびやかな巨匠たちの絵画からお気に入りを10枚紹介!

ゴッホ、セザンヌ、ルノワール、マティスなど次から次へと巨匠たちの絵画が続いていく中で、個人的に特に心に残った絵画を紹介しますね。全体的に、鑑賞者の目を引き付けて離さない「力のある」絵画が多かった印象です。

5-1:ルノワール「座る浴女」

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南仏へ移住した後に描かれた、ルノワール晩年の作品ですね。腰より下の下半身が異常なほどに豊満でふくよかな、作家にとって理想の裸婦像を追求した一枚。

5-2:ドガ「楽屋の踊り子たち」

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踊り子の絵を何枚も描いたドガですが、何故か本番のバレエシーンではなく、練習中だったり、本作のように着替えシーンだったりが多いのですよね。画面中央の女の子は、大事な商売道具のコントラバスに無造作に足をかけて靴を脱いでいます(笑)「生活のためにあたしは踊ってるんだよ!」・・・みたいな。ドガ、凄い観察力です。

5-3:クールベ「川辺でまどろむ浴女」

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キリスト教にちなんだ聖女ではなく、生身の現実に生きるリアルな女性を写実的に描いたクールベ。泉に足を浸して、寝ているような安らかな顔に、ふくよかで健康的な肉体は、いつまでも見ていたくなるような、非常に引き付けられる魅力がありました。

5-4:ゴッホ「オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて」

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ゴーギャンと喧嘩別れし、酷くなった「うつ」を治すために静養中の郊外で描いた一枚。のどかな田園風景なはずなのに、全面寒色系でヒステリックまでに強い筆圧で塗りたくられたキャンバスからは狂気がぷんぷん臭ってきます。

これを仕上げた数週間後に、ゴッホは亡くなりました。思い詰めたゴッホの心の中を映し出した迫真の一枚でした。写真だとわかりにくいから、ぜひリアルで絵の前に立って見てほしいです!

5-5:ドニ「トゥールーズ速報」

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アール・ヌーヴォーを想起させる優美な装飾性と平面性に目を奪われました。元々新聞「トゥールーズ速報」のために制作された広告の絵画版ということで、絵画というより図案的な美しさが印象的でした。足が浮いて、どこかへ軽やかに飛んでいきそうな女性の優雅さがすてき。 

5-6:カンディンスキー「白いフォルムのある習作」

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完全な抽象画へ移行する直前のカンディンスキーの絵画。かろうじて何か具象物を描いていることがわかりますが、色彩の鮮やかさやにぎやかさ、躍動感が気に入りました。

5-7:キルヒナー「月下の冬景色」

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キルヒナーの心情をキャンバスに叩きつけたかのような、圧倒的な原色で覆われた絵画です。ピンク色に怪しく光る木々とテカテカの水色で覆われた険しい雪山、さらにオレンジ色の空は、非現実的な一種の夢の世界のようでした。

しかし、描いた本人は至って冷静で、「今朝早く、素晴らしい月の入りを見ました。小さな桃色の雲の上にある黄色の月と済んだ深い青色の山々、本当に素晴らしい情景でした」と友人に書簡を当てています。な、なるほど・・・。

5-8:セザンヌ「サント=ヴィクトワール山」

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セザンヌといえば、りんごの静物画とこの山の風景画なわけですが、木々と空の風景の境目がわからないくらい溶け込んでいる独特の幾何学的な筆触がみごたえ十分。ピカソもマティスもこれを見て勉強したんですね~。

音声ガイドで紹介された「自然の中のすべてのものは、円と円錐と円柱によって形作ることができる」というセザンヌの名言が印象的でした。

5-9:モディリアーニ「女の肖像」

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これまで、モディリアーニの絵は何が良いのかイマイチピンと来てなかったのですが、実物を見て、さらに音声ガイドで「最小限のディテールで、最大限の人物表現を表した」20世紀最大の肖像画家だ、という説明を聞いて、妙に腑に落ちました。

5-10:マティス「窓」

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マティスがキュビスムに最も作風を近づけた1916年の作品。一見うま下手にしか見えないのですが、妙にしっくり落ち着き、作品から「飽きが来ない」のは、構図の妙やマティスの絶妙な色彩感覚のなせる効果なのでしょうか。展示されるあらゆる空間に自然に溶け込んでいそうな、平和な雰囲気のする作品でした。

6.まとめ

点数は少なめですが、1点1点が歴史的に価値のある巨匠の名作ぞろいで、非常に見応えがある展覧会でした。上で写真を沢山貼り付けましたが、所詮はスマホカメラのクオリティ。やっぱり直にリアルで見た時の感覚にはかないませんね。

ぜひ、カメラ越しに見るのではなく、会場に足を運んで生の絵画を楽しんでみてください!これでもかと並んだ西洋絵画の巨匠たちの作品群をじっくり堪能できる上に、写真撮影までOKな太っ腹な展覧会です。仕事の合間など、平日に都合が付く人は是非。間違いなくこの秋お勧めな展覧会です!

それではまた。
かるび

開催情報 展覧会名:「デトロイト美術館展」

※中部・関西地区の展覧会は終了
※写真撮影は、会期中の「月曜日」「火曜日」限定
会期: 2016年10月7日(金)~2017年1月21日
会場:上野の森美術館
公式HP:http://www.detroit2016.com/
Twitter:https://twitter.com/DIA_JPN

おまけ:今回の展示会の予習/復習で役に立ったもの

本文中でも紹介しましたが、もう一度貼っておきますね。120ページ程度とコンパクトな作品なので、2時間もあればしっかり読めてしまいますよ。原田マハは「ジヴェルニーの食卓」「楽園のカンヴァス」など、西洋のアート作品と絡めた小説を描かせたら本当に上手ですね。淡々とした描写の中に静かに感動が広がる作風が好きです。

ゴッホとゴーギャン展@東京都美術館は二人の友情が心温まる良い展覧会でした

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【2016年10月13日更新】

かるび(@karub_imalive)です。

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昨日のデトロイト美術館展に引き続き、今日は10月8日からスタートした「ゴッホとゴーギャン展」に行ってきました。力の入った展覧会で、見ごたえたっぷりでした。以下、感想を書いてみたいと思います。

1.混雑状況と所要時間目安

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行ってきたのは平日の10時30分頃。外から見ると、たいして混んでなさそうなのに、中にはかなりのお客さんが。有名な作品の前では、特に人だかりが激しく落ち着いて見るのが難しい感じ。平日でこのレベルなら、会期後半の土日祝日は入場制限が出るくらい混雑してもおかしくないと思います。

作品数は60点くらいですが、混雑していることや、ゴッホ、ゴーギャンの細かい作風の変化やビデオ解説コーナーを全部見るのであれば、90分程度は開けておいたほうがよいかもしれません。じっくり見るなら2時間以上は欲しいところです。

 なお、今回は公式Twitterで若冲展のように混雑状況をアナウンスしてくれる模様です。会期が2ヶ月間と短めですし、11月以降の土日に出かけるなら、ここを見てから出かけたほうがいいかもしれませんね。

2.音声ガイドが面白い!

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(引用:東京都美術館HPから)

今回の音声ガイドは、ゴッホ役とゴーギャン役の二人います(笑)プロの人気声優さんを起用し、女性アニメファンを狙い撃ち!(笑)でも、コアなアニメファンじゃなくても、ゴッホ/ゴーギャンの対話形式や、どちらかの独白スタイル進んでいくドラマ仕立ての趣向は凄く良かった!

しかも、解説パネルにない、二人がやりとりした書簡や互いに言及した資料から拾い上げたコメントを積極的に取り上げ、聴き応え抜群でした。

こちらから、試聴できますので、行く前に雰囲気だけでも確認しておくと面白いかも。

貸出中の会場 │音声ガイド 企画・制作・運営 アコースティガイド・ジャパン(旧A&Dオーディオガイド)│美術館・博物館・旅行

3.ゴッホとゴーギャン展とは

日本人なら、西洋画家の巨匠、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853-1890)ポール・ゴーギャン(1848-1903)の名前を聞いたことがない人はまずいないと思います。その二人が、1888年の10月23日から12月24日にかけて、約2ヶ月間、南フランスのアルルにて通称「黄色い家」で共同生活(≠同棲)を送っていたエピソードも、アートの歴史においては非常に有名な話です。

今回展示では、その二人が送ったアルルでの短い共同生活や、その前後の二人の交流に焦点を当て、ゴッホ、ゴーギャンの画業を時系列に振り返る特集展示となっています。また、二人が生きた同時代に交流があった画家や、二人に影響を与えた画家たちの作品も合わせて展示されています。

4.展覧会のみどころ

展覧会では、ゴッホとゴーギャンの絵画が世界中から集結しました。関連作家の作品も含め、その数は実に62点。(しかも関連作品も作品数合わせで埋めた、力の落ちる2流画家ではなく、同時代の一流画家ばっかり!)

アルルでの二人の共同生活をハイライトとして、それまでの二人の画家としてのキャリアのスタートから、発展期、そして共同生活が終了してからの二人のキャリアなど、余すことなく時系列で網羅されています。

4-1:二人の個性のぶつかり合い

ゴッホもゴーギャンも、共に「後期印象派」として西洋美術史では一緒に位置づけられますが、共に印象派を学び、徐々に唯一無二のオリジナルな作風を打ち立てるに至ります。展覧会で絵を見るとわかりますが、二人の絵は全く違います。

目に焼き付いた情景へ自分自身の心情を投影して「写実的」に描こうとするゴッホに対して、目の前に見えているものにこだわらず、想像力を駆使して自分の内的な思索を絵にしようとしたゴーギャンは、まさに水と油のようです。展覧会の副題『Reality and Imagination』が、二人の作風を端的に表現していますね。

その二人が、たった2ヶ月間とはいえ、共同生活を送る中で同じモチーフやお互いを描いた絵画群は非常に見応えがありました。

ゴッホ「ゴーギャンの椅子」
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ゴーギャン「アルルの洗濯女」f:id:hisatsugu79:20161012192633j:plain

ゴッホとゴーギャンの共同生活は、最初こそうまく行ったものの、二人の絵画への考え方や性格の違いから、やがてうまく行かなくなってきます。それを決定づけたのが、下記のゴーギャンが描いたゴッホ像でした。

ゴーギャン「ひまわりを描くゴッホ」
※注:今回未出展
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(引用:Wikipediaより)

描かれた絵を見たゴッホは、絵の中に自身の狂気を感じて「なるほどこれはぼくだ。でも気の違ったぼくだ」と言ったとか。この絵が描かれたすぐ後、ゴッホは発狂し、耳を切る痛ましい事件が勃発します。なんとか、この1枚を持ってきてほしかったな~。

4-2:二人に関係があった画家たちの作品も凄く良かった

まず、ゴッホが画家を志した際にあこがれの存在だった、ミレーを中心とするバルビゾン派の作家たちの作品群、ゴーギャンがアマチュア画家時代に薫陶を受けたカミーユ・ピサロの作品。そして、二人に共通して影響を与えたモネの作品も良かったです。

ミレー「鵞鳥番の少女」
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(引用:http://hakugodo.blog112.fc2.com/blog-entry-413.html

ピサロ「ヴェルサイユへの道、ロカンクール」f:id:hisatsugu79:20161012193720j:plain

また、共同生活の直前、ゴーギャンが印象派から離脱し、パリを離れフランス北部のブルターニュ地方のポン=タヴェンで、ベルナールやセリュジエなど、気の合う仲間たちと共同生活を送った時期がありました。この時期、ゴーギャンが美術理論の中心となり、眼前の現実と想像力の投影をバランスを取って絵画へと折り込む「総合主義」という新たな画風を打ち立てます。(後に、この仲間たちが「ナビ派」を結成し、さらに「象徴主義」へとつながっていく)

この時の仲間たちの作品も、ゴーギャンとの深いつながりを感じさせ、非常に興味深かったです。

セリュジエ「リンゴの収穫」f:id:hisatsugu79:20161012194121j:plain
(引用:The Athenaeum - Apple Harvest (Paul Sérusier - )

エミール・ベルナール「ティーポット、カップ、果物のある静物」f:id:hisatsugu79:20161012195131j:plain
(引用:Wikipediaより)

4-3:二人の共同生活のその後

1888年12月23日、二人の共同生活は、精神に破綻をきたし、自分の耳を切り裂いたゴッホが緊急入院したことで、終わりを告げました。

その顛末は、地元の新聞にも掲載され、周辺住民の知るところとなりました。ゴーギャンはパリへ一旦帰り、再びブルターニュにて別の仲間と共同制作をはじめます。ゴッホは、退院後、再び「黄色い家」に戻りましたが、たびたび発作が起き、不安がった周辺住民からアルルを追い出されてしまいます。

ゴッホは、その後療養生活を送りながら、さらに新境地を目指して作風を変化させていきます。ただ、病状は良くならず、晩年、自殺する直前の1889年に描かれた「オリーブ園」など、寒色系や暗い色合いの絵の具が画面中をうねり、不安定な心情が全面に出ています。

ゴッホ「オリーブ園」f:id:hisatsugu79:20161012192136j:plain
(引用:WikiArtより

一方で、ゴーギャンは、自らの個人的な内面世界や宗教色を帯びた詩的な作品へとさらに傾倒しつつ、タヒチへと旅立ち、自らの作風を完成させていきました。数年前に見たゴーギャン展では、こういう絵が多かったなぁと思い起こしながら見ていました。

ゴーギャン「タヒチの3人」f:id:hisatsugu79:20161012190136j:plain
(引用:スコットランド国立美術館HP

ゴッホとの共同生活を解消後、ゴッホからの作風への直接の影響はほとんど感じられないものの、ゴーギャンは繰り返し彫刻や絵画でゴッホへの友情や思いを作品にしています。

ゴッホが亡くなった12年後、1901年にゴーギャンが何枚か描いた連作「肘掛け椅子のひまわり」シリーズのうち、E.Gビュールレ・コレクション財団の1枚が展示会ラストを飾りました。変わらぬゴッホへのリスペクトや思いがつまった渾身の1枚です。

ゴーギャン「肘掛け椅子のひまわり」f:id:hisatsugu79:20161012191752j:plain
(引用:ビューグレ財団HPより

「いす」は共同生活中にゴーギャンが座っていたものでしょう。本人の署名が椅子に書かれていますから。「ひまわり」はゴーギャンが愛したゴッホのひまわりですね。いすに優しく抱かれるように描かれたひまわりが、ゴーギャンのゴッホへの変わらぬ思いを暗示しているようです。

音声ガイドでも紹介されていましたが、文筆家のジャン・ドランは、1896年に出版した『怪物たち』のなかで、

『ゴーギャンが「ヴィンセント」と言うとき、その声はやさしい』

と書き綴っています。ゴーギャンのゴッホへの特別な感情がよく分かる逸話だと思います。

5.その他の見どころ~グッズやタイアップなど~

今回の展覧会は、面白いタイアップ企画や仕掛が多いんですよね。集客につながるかどうかはわかりませんが、こういう遊び心は大事ですよね。

5-1.スマホゲーム「輪華ネーション」(ゴーギャン)

面白いタイアップが沢山ありましたが、女子向け歴史偉人RPG「輪華ネーション」とのタイアップはなかなか斬新で良いです。

ゲーム内でのゴーギャン!
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この「輪華ネーション」、歴史の偉人がイケメン男子となって大活躍する女子向けのスマホゲームなのですが、わがポール・ゴーギャンもゲーム中のキャラクターとして用意されます。11月中旬にはゴーギャンが実装される予定。展覧会場でチェックインするとゴーギャンシナリオがダウンロードできるようになります。また、東京都美術館のチケット購入窓口で「輪華ネーション」のスマホ画面を見せると100円引きになります。

しかしこれ、客層あってるのかな、と思わなくもないですが、ターゲットである(腐?)女子のプレーヤーの皆さまが、チェックインしたついでに(笑)、これを機に展示もガッツリみていってゴーギャンの怪しくも神秘的な絵画にハマってほしいですね?!

5-2.龍角散とのタイアップ(ゴッホ)

つづいてはこちら。

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「ゴッホ」という名前が「ゴホッゴホッ・・・」という「咳」の響きを連想させるということで、「ゴホンといえば龍角散」というキャッチフレーズへとつながり、タイアップが実現したようです。

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このコラボポーチを買えば、今ならもれなくポーチに入れる龍角散もプレゼントされるそうです。風が流行り始める冬前という絶妙のタイミング。ポーチが二人の「黄色の家」を意識したデザインなのも良いですね?!

5-3.不吉な写真コーナー(笑)

東京都美術館恒例の、出口での記念写真コーナー。今回は、ゴッホとゴーギャンの共同生活を象徴するアイテムの一つ、「いす」です。座るとクリスマス前に二人は・・・?

6.まとめ

過去、ゴッホ展、ゴーギャン展など、単独で特集された企画展はたくさんありましたが、ゴッホとゴーギャンのアルルでの共同生活を軸に、二人の関係や交流に焦点を当てて組まれた企画展示は日本では画期的で初めてでした。

二人の巨匠の作品群だけでなく、二人に影響を与えたモネやピサロ、ミレーなどの作品も見応えたっぷりですし、グッズコーナーでの意外なコラボレーションも面白かったです。デトロイト美術館展、クラーナハ展と合わせて、この秋、見ておくべき必須展覧会だと思います。混まないうちにお早めに!

それではまた。
かるび

展覧会の開催情報

展覧会名:「ゴッホとゴーギャン展」
会期:
【東京展】2016年10月8日~12月18日
【愛知展】2017年1月3日~3月20日
会場:
東京展:東京都美術館
愛知展:愛知県美術館
公式HP:http://www.g-g2016.com/
Twitter:https://twitter.com/i/notifications

合わせて回りたい西洋美術展!

この秋は、上野エリアの「西洋美術」系展覧会が充実しています。ゴッホとゴーギャン展(東京都美術館)の他に、クラーナハ展(東京国立西洋美術館)、デトロイト美術館展(上野の森美術館)と、大型展覧会が3つ並行で行われていますので、もれなくハシゴできます。特に、デトロイト美術館でもゴッホ、ゴーギャンの作品3点に出会えますよ。

「ゴッホとゴーギャン展」⇔「クラーナハ展」「ゴッホとゴーギャン展」⇔「デトロイト美術館展」での相互割引もあります。西洋美術の巨匠を上野で一気に見まくるオトクな割引なので、ぜひ活用してみて下さい。

今回の展示会の予習/復習で役に立ったもの

ゴッホ→ゴーギャンへの書簡集

ゴッホ美術館がまとめた、ゴッホ→ゴーギャンへの書簡集が英文で全部読めます。ゴーギャンへの書簡は、弟のテオや二人の共通の友人、ベルナール宛ての書簡に比べると、終始よりフォーマルな文体で丁寧に書かれたそうで、共同生活が終わってからもゴーギャンへのリスペクトは変わらなかったとのこと。

★ゴッホの書簡集
Correspondents - Vincent van Gogh Letters

シカゴ美術館でのゴッホ・ゴーギャン特集展示資料(2002)

また、シカゴ美術館で、「ゴッホとゴーギャン展」を展示した際の、Webでのスライド資料が閲覧できるようになっています。興味深いのは、テーマは同じですが展示された絵画が全く違っていることです。ほとんどかぶっていないのが驚きです。英文ソースですが、お時間があればぜひ。

★シカゴ美術館「Van Gogh and Gauguin」(2002)スライド資料
Van Gogh and Gauguin: The Studio of the South

ゴッホの「ひまわり」(東郷青児記念美術館)

今回、出口で展示フィナーレを飾ったゴーギャン「ひまわり」は、ゴーギャンのゴッホへの変わらぬリスペクトと友情を強く感じさせる、静かな感動と余韻を残す一枚でした。ゴーギャンは、共同生活を始める前からゴッホの「ひまわり」が大好きで、たびたびゴッホへ当てた書簡で大絶賛していました。

展示会場では、ゴッホが描いたひまわりは残念ながら展示されませんでしたが、実は新宿でいつでも見れるのです。ゴッホがゴーギャンを迎え入れるに当たって、「黄色の家」に飾りまくった一連のひまわりの絵のうち、5枚目に描いた作品が、東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館に常設展示されています。バブル全盛期に58億円で旧安田火災が購入した名品ですが、バブル崩壊後も手放されることなく、美術館の目玉作品として大切に扱われています。

オリジナルであることは難しくない!-書評『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』

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かるび(@karub_imalive)です。

どんな仕事でも、企画力やアイデアの独創性がより一層必要とされる時代になりましたよね。クリエイティブな人材はあっちこっちで引っ張りだこ。ネットで瞬時にコンテンツがコピペされ、あっという間に大量生産される昨今、「自分らしさ」「独創性」の大切さが叫ばれています。

ただ、僕も含め、どうしたら「オリジナリティ」を手に入れられるのか、さっぱりわからない人って多いんじゃないでしょうか。

テレビやネットなどのニュースで起業家の成功譚を見聞きしたり、著名な芸術家などの独自性あふれる作品を見ていたりすると、「いや、とてもムリでしょ・・・モノが違うわ」と自分の普通さ、才能の乏しさに絶望的になるんですよね。

そんな中、ビジネス書とは知らずに何となくジャケ買いしたこの本、「ORIGINALS 誰もが人と違うことができる時代」が非常に良かったです。分厚い本ですが、久々に夜遅くまで一気読みさせられ、曇った僕の目を開かせてくれました。

この本に僕が魅力を感じ、最後までワクワクしながら一気に読了できたのは、著者アダム・グラントが理論的、科学的なアプローチで「オリジナリティ」に対する既成概念や思い込みを根底から覆してくれたからです。

たとえば、良くある思い込みとして、「オリジナリティ」に対してこんなイメージって持ってたりしないでしょうか?

・オリジナルであるために、素早く行動し、即断即決で競争を勝ち抜け。
・オリジナリティは常に一握りの天才が直感的にひらめくことで達成される。
・才能は若い時に花開き、年をとると創造性は徐々に失われていく。

僕が、会社を辞める前も、辞めた今も一貫して悩んでいるのは、何かに取り組む時の自分の才能の無さです。何をやってもオリジナル、スペシャルな位置にたどり着けない。「オリジナリティ」ってどうやったら身につけることができるんだろう、っていつも悩んでいました。

例えば、ブログを書いていても、最低限、他人のコンテンツをコピーしないくらいの道徳心とプライドはあるわけですが、きらびやかな文筆家や華のあるすごい書き手のコンテンツにはどう頑張っても届く気がしません。

才能あふれる彼らを見ていると、「いや、もうどうしたらいいかわからん」といつも頭を抱えてしまうのですよね。

一般人でもオリジナリティは達成できる!

著者のアダム・グラントは、そんな悩める凡庸な一般人に対して救いの手を出します。

まず、ゼロベースで「オリジナリティ」とは何なのか?最初に再定義から入ります。本書はあくまでビジネス本の文脈で書かれているため、第一章の冒頭で、「オリジナリティ」をこう定義付けし整理されています。

私のいう「オリジナリティ」とは、ある特定の分野において、その分野の改善に役立つアイデアを導入し、発展させることを意味する。 

また、オリジナルな人とは、「みずからのビジョンを率先して実現していく人」であり、「オリジナルであること」は一部の天才たちに先天的に与えられた特権ではなく、普通の一般人が、あとから身につけ、達成できるものであると結論づけます

どうですか?ちょっと勇気づけられませんか?

また、オリジナリティは徹底的にリスクを冒して獲得する必要はなく、じっくりと注意深くやれば良いと説きます。いきなり起業しなくても、少しずつ身の丈にあったところからスタートしろと。

そして、実際、歴史上で傑出した業績を残したオリジナリティあふれる偉人たちを見てみても、彼らは決して起業家スピリットあふれるリスクテイカーとして能動的に動いたわけではないのです。支持者や仲間に持ち上げられて行動したに過ぎず、普通に、発言して目立つことを恐れる人たちだった、と分析されています。

例えば、こんな感じ。

・システィーナ礼拝堂の天井の大壁画を描いたミケランジェロは、ローマ法皇の命令を苦痛に感じ、2年間逃げ回った上、渋々引き受けた。
コペルニクスは地球が太陽を回っているという独自の発見をしたが、笑いものになるのを恐れ、枢機卿に促されるまで22年間発表しなかった。
キング牧師は公民権運動が始まる当初、多忙を避けるため教会の活動を優先する意向で、リーダーを断る気でいた。
・アメリカ革命の当初、ジョージ・ワシントンは、自らの事業を優先するため、革命活動への関与を持てる権限のかぎりをつくし、何としてでも降りようとした。

オリジナリティを身につけるための具体的な方法論も満載!

2章以降も目からウロコの展開です。具体的に「オリジナリティ」を身につけるための考え方やメソッド、プロセスがこれまた独創的なのですよね。

たとえば、、、

・オリジナリティを阻む最大の障害は、凄いアイデアが出てこないことではない。斬新なアイデアは日常的に出ているが、適切なものを選び出せる人がいないことが問題。

→アイデアは天才だけのものじゃなくて、我々一般人もブレストを行えば普通に出てくるのです。ただ、そこでどんなアイデアを選び、行動につなげていくかが最重要だと説かれています。

・ある分野における天才的な創作者は、他のひとたちよりも特に創作の質が優れているわけではない。沢山創るからヒットする確率もその分高くなっているだけである。

→確かに、名作を残している人は多産ですよね。実際、歴史上の巨匠であるピカソやモーツァルトなども、駄作を含む数多くの作品を死ぬまで作り続けました。その中から評価される名作が「偶然」生まれてくるのだと言います。

・オリジナリティを正確に評価するには、上司に意見を求めたり、自分で判断するのではなく、同じ分野の仲間の意見が一番有効である。

→上司は経験からくる固定観念が、自分自身は自己への過信が目を曇らせるため、同業者の厳しい目線に晒すのが一番だそうです。

・「直感」が頼りになるのは、予測可能な自分がなじんだ環境で判断を下せる時だけ。知識がない新しい分野に対処する際は、「分析」がより重要である。

→「直感」に優れるスティーブ・ジョブズが門外漢の「セグウェイ」に入れ込んで大失敗した事例が紹介されています。マックやベネッセで失敗した原田さんもこの罠にはまったのでしょうか。

・「幅広い経験」と「深い経験」が独特に組み合わさる時、創造性が発揮される。芸術への造詣が「創造性」を高める傾向にある。

→ノーベル賞受賞者と他の一般的な学者では、芸術活動への造詣の深さが顕著に差として出ているそうです。

そして、第3章以降は、主にダニエル・カーネマンら行動経済学や行動心理学の実験・研究結果を踏まえながら、

・独創的なアイデアに周りをどう巻き込んでいくべきなのか(3章)
・独創的なアイデアが受け入れられるのはいつなのか(4章)
・独創的であるためには、誰とどう組むのがいいのか(5章)
・独創的な人をどう育てればよいのか(6章)
・独創的な組織とは何か?どう作り上げていけばよいのか(7章)

と、自分自身だけのあり方から、他者との関係性へと分析を広げ、オリジナルであるための処方箋が総合的に提示されていきます。

必要なのは本書の内容を実践で活かすこと

もちろん、「楽していいよ」と甘いことが書いてあるわけではありません。

本書は、成功した人の行動パターンやその心理傾向を徹底的に分析し直して、「オリジナル」であるために何が必要なのかをゼロベースで定義し直したにすぎず、この本の内容に基づいて「行動」しなきゃ自分自身の中のオリジナリティは育っていかないのですよね。
決して「努力しなくてもいい」「寝てるだけでいい」「すべてを手放してゼロになろう」という安易なアプローチではありません(笑)すごいな~、、、だけで終わらないようにしないと。

まとめ

本書は、データやケーススタディなど、エビデンスを豊富に提示して、多角的に「オリジナルであること」とは何なのか、「オリジナルであるために」何をしたらいいのか、ゼロから読者に再考させてくれます。

そして、読み手がこの本で一番勇気づけられる点としては、オリジナルであるためには、特別な天才性は必要ない、ということです。ごく平凡な一般人であっても、「オリジナル」であるため冷静になり、沢山のアイデアを出し、戦略的に振る舞うことで、たった今からでも「オリジナル」たりえるのです。 

そのことが、博士独特の学際的なアプローチで、理知的にあぶり出された良書でした。そして、この本で提示される考え方や一連のメソッドが、唯一無二の「Original」なアプローチとなっていることで、本書に強い説得力を与えている点でもあります。

文句なくお勧めです!

それではまた。
かるび

映画『何者』の感想と解説(※ネタバレあり)~就活を通して若者の自意識や承認要求を描いた傑作だった!

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かるび(@karub_imalive)です。

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映画「何者」が10月15日から封切りされました。僕自身、20年前の就職活動で酷く苦労した思い出と、前職で採用担当をしていたことから、この映画をものすごく楽しみにしていました。早速、初日の朝一でダッシュで見てきましたので、以下感想を書いてみたいと思います。

※なお、後半部分にネタバレを含みます。ネタバレ部分は明示しております。

0.映画館の状況

僕が行ってきたのは封切り初日のいつものユナイテッド・シネマ豊洲。朝9時の回なので流石に空いていましたね。客層は、若い人、特に就活を控えた大学生が多かったです。就活のイメージトレーニングにぴったりですからね。

1.映画基本情報

【公開日】2016年10月15日(土)
【監督】三浦大輔
【音楽・サントラ】中田ヤスタカ

1989年「就職戦線異状あり」以来、大学の新卒就職活動を正面からテーマとして描いた作品は、26年ぶりです。

2.映画の評価や原作など

本作は、原作があります。2013年に直木賞を受賞した朝井リョウ「何者」のストーリーライン、コンセプト、雰囲気までを忠実に映像化した作品でした。

映画と合わせて読むと、より「何者」の世界観がしっかりとつかめると思います。冷静で明快な筆致が非常に読みやすいです。

3.あらすじ(ネタバレなし)

就職活動を目前に控えた拓人は、同居人である光太郎の引退ライブをぼーっと見ていた。気がついたら横にいたのは、光太郎の元彼女で、拓人のクラスメイトでもあった瑞月。そして、瑞月の留学時代の友人、理香と、その彼氏で同棲中の隆良。

ひょんなことから、この5人がつながり、理香の家を就活対策本部として共同で就活を頑張っていくことに。

5人はそれぞれの思いや事情を胸に、就職活動は進んでいくが、やがて事態の進展とともに、5人の友情や人間関係も思わぬ方向に流れていく・・・。

就職活動という、子供から大人に、モラトリアム時期を終えて社会において「何者」かになろうとする、大学生の「特別」な時期における揺れ動く心を、最新のリアルな就活事情を反映させて描いた青春群像劇。

---以降ネタバレあり注意---

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4.あらすじ(★ネタバレあり)

御山大学学園祭最終日、主人公の二宮拓人(佐藤健)は、留学帰りの田名部瑞月(有村架純)と一緒に、同居人である神谷光太郎(菅田将暉)の就活前の引退ライブを見ていた。ライブが終わり、拓人が自宅に帰ると、すでに光太郎は就活に向けて髪の毛を黒に染め、早くも臨戦態勢に。

ある日、すっかりスウェットでくつろいでいたところ、瑞月から電話があり、電話に出てみると、次の瞬間、拓人の部屋に瑞月からの突然アポなし訪問で面食らう拓人。実は瑞月の留学生時代の友人が、拓人と光太郎の住むアパートの一つ上の階に住んでいて、就活対策をしていたのだった。アルバイト帰りの光太郎も含め、瑞月の友人宅で急遽就活対策をすることに。

瑞月の友人は、小早川理香(二階堂ふみ)。まだ就活早期なのに、早くもエントリシート対策など余念がない意識高い系女子。自宅のプリンターが故障中の光太郎と拓人は、今後ありがたく使わせてもらうことにして、理香の提案で理香の部屋を今後4人の「就活対策本部」にしようと意気投合した。

すると、宮本隆良(岡田将生)がそこへ帰宅してきた。理香と知り合って3ヶ月で同棲したとのことだが、初対面の印象や、斜に構えたツイッターの文面から、拓人がかつて活動し、ケンカ別れした「劇団プラネット」での相棒、ギンジと似たような「痛さ」を感じ苦手意識を持つのだった。

拓人にとって、「劇団プラネット」のサワ先輩(山田孝之)は頼れる先輩であり、たびたびバイトの前後に寝泊まりさせてもらっている。今日もサワ先輩の家でエントリーシートを書いていると、ギンジの立ち上げた新劇団「毒とビスケット」の話を振られるのだった。

就活が始まり、ある日拓人は筆記試験を受けた広告会社で、偶然瑞月と鉢合わせた。瑞月の話によると、意外なことに就活に否定的な態度を採っていた隆良が午後からの試験会場に来ていたという。瑞月と拓人が会場近くの定食屋でラーメンを食べていると、広告会社に走っていく理香も発見するのだった。皆必死なのだ。

昼食を取り終わった拓人と瑞月は、地下鉄に乗ると、瑞月は、両親の不和と、母親の看護のため、就職活動で必ず確実な内定を取らなければならない話を拓人に打ち明ける。

ある日、拓人はギンジとの過去の公演後のLINEのやり取りのことを思い出していた。地に足が付いていないフワフワしているように見えるギンジ。ギンジへのダメ出しがエスカレートし、人格攻撃になってしまったが、ギンジから帰ってきた答えは、「大学をやめて劇団を立ち上げる」という回答だった。それ以来、二人は決裂し、疎遠になってしまった。

隆良も含め、5人の就活は徐々に佳境を迎え、ある日、理香の家に再び集まった際、理香は就活用の名刺を作ったことをアピール。OB訪問等に使う相変わらずの意識の高さ。そして、光太郎は早くも最終面接へと進んでいた。

4月に入り、久々に大学キャンパスへ行ったある日、拓人は喫煙所で隆良とサワ先輩と鉢合わせする。隆良を見たサワ先輩は、拓人に「ギンジとは全然違う。もっと想像力を働かせろ」と言い残して去ってしまう。

5人の中で、一番最初に内定が出たのは瑞月だった。自宅でその報告電話を受けた拓人は、側にいた光太郎にそっと携帯電話を回すのだった。

後日、演劇に関連する会社のグループディスカッションで、理香と偶然鉢合わせした拓人。ディスカッションが始まると、理香に押されて発言できなかった。

その晩、理香の家で瑞月の内定第1号パーティが開かれた。大手通信会社のエリア職を手堅く内定していた事が判明。しかし、パーティの雲行きが怪しくなる。家庭の事情で本命の外資へいく夢をあきらめ、結果を選んだ瑞月には隆良のいい加減さが我慢できなかった。瑞月は相変わらず就活に中途半端な隆良に我慢できずにキレてしまう。部屋を出て行く瑞月を追う拓人。

拓人は、途中で瑞月を捕まえ、瑞月と会話。すると、瑞月は、前日、再度光太郎に告白したが、やはりどうしても気になる人がいるから、とまたも振られてしまったとのこと。

続いて、光太郎も中堅出版社に内定が出た。拓人のバイト先の飲食店で、サワ先輩と拓人、光太郎で祝賀会をした。拓人は、喫煙所でサワ先輩から、ギンジの5月公演に来いとクギを刺されるのだった。

終電を逃し、タクシーで帰宅する光太郎と拓人。拓人は、翌日の面接に備え、プリンターを理香の家に借りに行く。その時、理香は拓人の携帯に残っていた光太郎の内定先についての検索履歴を、拓人は理香のブラウザのキャッシュに残っていた瑞月の内定先についての検索履歴を見てしまい、お互い口論に。その時、理香は、拓人の「何者」というTwitterの裏アカウント「@何者」の存在を見て、激しく拓人を非難する。裏アカウントを暴露された拓人は、いたたまれなくなり理香の家を出ようとするが、部屋を出ようとする際に、就活に本腰を入れる決意をした隆良から「就活2年目なんだから、色々教えてくれ、よろしく」と言われてしまう。実は、拓人は就職浪人中の大学5年生なのであった。

拓人はTwitter上で別次元から事態を観察し、回りの痛々しくも必死に「何者」かになろうとしている友人を冷笑することで自分を保っていただけだったのだ。自分が一番想像力に欠け、何者でもない痛々しい存在であることに気づいた拓人は精神的に不安定になり、走り出してしまう。

そして、拓人は端月の元で泣き崩れてしまう。瑞月は、そんな拓人を見て「昔の拓人の書く演劇が好きだった」と伝え、慰める。

翌日、予定通り面接会場に向かった拓人は、たどたどしいながらも、自分の本音を面接で伝えるべく、不器用ながらチャレンジするのだった・・・。

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5.考察と感想(★ネタバレあり)

5-1.主題歌と劇伴がすごく良かった

劇伴音楽と主題歌には中田ヤスタカを起用。そして、米津玄師をVoに据えた中田ヤスタカの主題歌「NANIMONO」が、都会のビルの真ん中で若者たちが一人ひとり孤独な自分探しに似た就活と格闘する映画の世界観にハマリすぎてて、怖いくらいの良い出来でした。できればこれをエンディングだけじゃなくて、劇中に少し流してほしかったかなと思います。


5-2.就活生は絶対見たほうがいい!リアルな最新の若者の新卒就活シーン

映画中、新卒の就職活動のほぼすべての活動プロセスが描かれますが、今年春まで就活採用側の最前線にいた自分が見ても、非常にリアルに再現されていました。合同企業説明会、Webテスト、筆記試験、面接、グループディスカッション、採用/不採用連絡、就活生の心理描写、面接官の顔つきなど、本当によく考証されています。

大学生や就活生の親御さんは、絶対見ておいたほうがいいと思います。特に、立ち直った拓人が採用面接に挑む最終シーンは、新卒就活での独特な空気感を完璧に描ききっています。

また、映画中の主役6名のうち、特に理香=意識高い系、光太郎=天真爛漫系、瑞月=マジメ素直系は就活中によく見るタイプであり、就活に強いのは光太郎と瑞月のような人材なのであります。

5-3.みどころは、就職活動を通して、モラトリアムから突然放り出される若者たちがどう振る舞うのか

夢想的な自己実現に固執し、就活やギンジとの企画に泥臭く取り組もうとしない隆良や、安全な立ち位置から観察ばかりして悦に入る拓人は、いわばモラトリアムの象徴的存在でした。

それに対し、悩み抜いた上、家庭の事情から外資への夢を一旦あきらめ手堅く大手のエリア職を確保した瑞月と、中堅企業ながら、高校生からの憧れの出版社を決めた光太郎、そして痛々しくも演劇作品を創り続けることで夢へ必死で近づこうとするギンジ。

彼ら3人は、まさにモラトリアムから大人へと踏み出そうとする中で、まずは最初の結果を残そうとあがき、大成功ではないですが、小さな結果を出したわけです。

だけど、モラトリアムの終わりは突然やってくるので、ギアチェンジは非常に難しいものです。劇中、隆良は瑞月に正面から反論され、拓人はサワ先輩や理香から厳しく指摘され、ようやくそれぞれ目が覚めるわけですが、特に拓人はモラトリアムから脱出するのに2年かかっています。

小学校~中学校~高校~大学と、自分と全く同じ高さ、角度で人生を歩む仲間と、自分以外に自分の人生を一緒に考えてくれる家族や先生がいたからこそ、周りには結果よりプロセスを見て「優しく」承認してくれる人がいたわけです。

でも、与えられたレールは大学まで。社会人になったら、自分で進路を決め、自分で実現したいキャリアや結果を考えなければならないのです。

たとえ上手にできなくて痛々しくても、自分が「何者」かであることを周りにアピールしていかなければいけない。それが大人への第一歩なんだ、というメッセージが、クライマックスの瑞月の言葉から感じられました。

5-4.拓人が隆良とギンジを好きになれなかった理由を考察する

拓人は、隆良とギンジを「アピールばかりしていて痛々しいやつ」と同列に扱い、二人に対してその歪んだ自我の痛ましさを指摘してやりたい衝動にかられ、ネガティブな感情を押さえることができません。

映画でも、二人に対して全く同じセリフを投げかけます。ギンジにはLINEで、隆良には瑞月の後を追う前の捨て台詞として。

頭のなかにあるうちは、いつだって、なんだって、傑作なんだよな。お前はずっと、その中から出られないんだよ。

キツい一言ですよね。結果を出す前からうだうだ大言壮語を吐くなよ。結果を出してから物を言えよと。

映画の終幕直前で、実は拓人こそが一番痛々しく卑怯な観察者であることが暴露されるわけですが、拓人は、実は自分自身で、無意識に自分の痛ましさに気づいているのではないでしょうか。だから、繰り返し劇中で語られるこのセリフは、拓人が自分自身に投げかけている言葉なんですよね。

拓人は、ギンジと隆良にそれぞれ自分を投影しているのです。彼らの中に、どうしても自分自身と同じ「痛さ」を見てしまうので、反射的に嫌悪感を抱いてしまう。

ただ、サワ先輩が指摘したとおり、「ギンジと隆良は同じではない」のです。

劇団の拙いクオリティを批判されても表現することをやめず、必死で「何者か」であろうとするギンジの痛ましさは、拓人のもう一つの可能性でした。演劇から下りず、観察者に安住せず自分と向き合っていたなら、拓人はギンジ同様の葛藤や痛みと直面しなければならなかったはず。拓人はそのつらさがわかるからこそギンジを正視できず、ギンジの作る未完成な演劇から逃げ回りました。

一方、隆良は現在進行系の拓人の自意識が分かり易く「見える化」された別バージョンのような存在です。斜に構えて本気で行動せず、別次元から評論するだけの空っぽな生き様は拓人にとって、自分の情けなさを見るようなものであり、やはり正視できるものではありませんでした。

サワ先輩が「お前はどちらかというとギンジに似てるよ」と言ったのは、拓人の中にかつて確実に灯っていた情熱を高く評価している、サワ先輩独特の優しさの表現だったのではないでしょうか。

5-5.拓人が就活2年目であり裏アカウントを持っている伏線について

物語のラスト20分で、理香に裏アカウント「@何者」の存在を暴露され、部屋を出る際に隆良のセリフで拓人が「就活2年目」であることが判明し、物語は一気に動きを見せました。

が、その伏線は果たして映画中で表現されていたのでしょうか?

まず、裏アカウントについては、原作同様、物語前半では手がかりや伏線は全く明かされません。かろうじて、拓人が暇さえあればスマホに視線を落とし、SNSをチェックしているところから、Twitterに何かを書き込んでいるのだろう、というところがわかるくらいです。

これに対して、拓人が「就活2年目」であることは、割と簡単に推測できます。例えば、

・冒頭の光太郎の引退ライブで、拓人がすでにスーツ姿である。
・光太郎が就活を始める時「これから就活始めっから色々教えてくれよ拓人先輩」と話しかけているシーン
・サワ先輩の部屋でエントリーシートを書いていると、サワ先輩から「お前書き慣れてんだろそんなもん」と言われるシーン
・理香と瑞月が留学帰り=1年留年している、隆良が1年間休学をしていた事実
・瑞月と光太郎、拓人は1年生の時同じクラスだったクラコンのシーンがある

このあたりから、勘がいい人はひょっとしたら拓人も留年していたのかも?と推測することができたかもしれませんね。

5-6.後半クライマックスの演劇仕立ての演出について

映画最終盤、拓人が裏アカウント「@何者」に書き込んだ内容を物語序盤からのシーンと合わせて走馬灯のように振り返りながら思い出すシーンの演出は見事でした。

元々脚本家として観察力に優れた拓人が自意識をこじらせた結果、ギンジとの演劇でみずからの放つ痛さに耐えられなくなった結果、引退後はTwitterという閉じた自分だけの安全(に見えた)Twitter劇場でフォロワーに対して「演じる」ことで承認要求を満たしていた拓人。顔もわからない匿名の観衆たちの中に、ひとりスポットライトが当たり、拓人へ温かい眼差しを向けていた瑞月がいたことは、拓人にとって唯一の救いだったのかもしれません。

6.原作との相違点について(★ネタバレあり)

本作は、終盤に至るまで、ストーリーや世界観、俳優のキャラクター設定に至るまで、ほぼ原作通りのコンセプトです。最終盤、三浦大輔監督の独創的な演出は非常に印象的で独自性を感じましたが、映画全体の雰囲気をうまく掴んだ演出だったと思います。

とはいえ、細かいところでより映画らしい変更点がありました。主な違いを書いてみたいと思います。

6-1.全体的に台詞回しがカットされている

文庫本で300ページを超え、約半年にわたる就職活動を100分ちょっとに凝縮したので、ここは致し方ないでしょう。ただし、原作から抜粋されたセリフは、ほぼ忠実にスクリプトに起こされていました。

6-2.カット・変更された主なシーンや設定

・隆良の裏ツイッターアカウント「@備忘録」の存在
→就活をバカにして斜めに構えつつも、実際は就職活動に取り組んでいた隆良ですが、原作ではTwitterの裏アカウント「@備忘録」で自身の就活について淡々と綴っていました。ここは時間の都合上カットされましたね。

・留学中に光太郎に振られた端月との長距離電話回想シーン
→端月は、留学中に一度光太郎に別れを切り出されますが、その時電話で拓人が慰める回想シーン原作にはありましたが、映画では全部カット。

・拓人と瑞月の広告代理店筆記試験受験後の食事内容
原作では、拓人は定食屋で生姜焼き定食を注文していますが、映画ではラーメンを食べていました。

・光太郎が主催のキーマカレーパーティ
→たまには拓人・光太郎宅に集まろうと呼びかけた光太郎が得意料理「キーマカレー」を理香に振る舞うシーン(瑞月、隆良は欠席)が普通の宅飲みに変更されていました。

・LINEの導入
→2013年の原作発表時は、まだ一般的ではなかったLINEですが、映画ではギンジの存在が回想シーンだけの登場となったため、ギンジと拓人が劇団の運営方針を巡って口頭で本音をぶつけ合うシーンが、直接のやり取りではなく、LINEでの議論の応酬に変わっていましたね。

6-3.クライマックスで瑞月が拓人に「拓人の演劇が好きだった」と告げるシーンの順番が入れ替わっていた

原作では、前半部分でこのシーンが早々と出てきます。広告代理店の筆記試験後、偶然出会った瑞月と拓人が定食屋でゴハンを食べている時に、「拓人の演劇が好きだった」とエピソードを語る場面がありますが、映画では最終シーンの一つ手前で効果的に使われていました。

この設定変更はすごく上手だなと感心しました。

サワ先輩や理香をはじめとする就活の仲間たちに、矮小な自我と自意識を見透かされた上、Twitterの裏アカウントの存在も暴かれ、うちのめされた拓人は、言葉にならないくらい精神的に破綻寸前まで追い詰められるわけです。

そんな拓人を救うのは、やはりストーリー上、拓人がずっと片思いだった瑞月しかありえないわけです。まだ演劇活動を通して一心不乱に「何者か」であろうと取り組んでいた昔のひたむきな姿を、かつて好きだった人が見ていてくれて、承認してくれていたわけですから。しかも、Twitterでの軽い「いいね」ではなく、好きだった人から、ささやかながら肉声で届けられた意味のある承認。

瑞月の一言は、傷ついた拓人を精神崩壊寸前から救い出し、拓人に、不器用ながらようやく人生と向き合い、本当の意味での就職活動のスタートラインに立たせるだけの勇気を与えたことでしょう。

希望の持てるエンディングにスムーズに繋がっていくには、この瑞月の「演劇、好きだったよ」という強い承認シーンが、ストーリー上どうしても必要だったと思います。

7.まとめ

僕がこの映画で一番好きになったシーンは、拓人の最後の面接シーンです。演劇を辞め、長い間シニカルな観察者に甘んじて、すっかり自分を表現することから疎遠になってしまった拓人が、絞り出すような声で、自分の声を出そうともがくシーンは感動的でした。

結果、面接は失敗しましたが、確実に「何者」かになろうと最初の一歩を踏み出せた拓人の不器用ながら前向きな姿勢は、見る人の心を温める良いシーンだったと思います。何度でも見返したい、印象的な場面でした。

原作も素晴らしかったですが、映画も期待を裏切らない良い出来でした。ぜひ興味があれば劇場に足を運んでみて下さい。

それではまた。
かるび

8.映画「何者」をもっと楽しむために

原作は、絶対読んだほうが得だと思います。朝井リョウが若干23歳の時に書き上げた、まさに作者との同世代をリアルに若い感性で描き出した傑作。さすが直木賞を獲得しただけあります。文体も軽快で、非常に読みやすいのです。映画がよかったなと思った人は、こちらを読んで損なしです。

「何者」のサイドストーリー6編を収めた短編集。演劇を創り続けるギンジのその後、光太郎の高校時代の初恋と、就活で何故出版社に入らなければならなかったのか、そして瑞月の家庭事情なども描かれます。

表題タイトル「何様」では、「何者」最終シーンで面接を担当した新卒採用担当に焦点を当てます。就職してからもまだ「何者」かであろうと必死で取り組む姿を描いた作品。「何者」をより深く楽しむためには、ファン必携のアナザーストーリー作品集でした。これも文句なくお勧め!

妖しすぎ?!クラーナハ展は中世の香り漂う個性的な絵画が凄かった!

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かるび(@karub_imalive)です。

10月15日から、ドイツ・ルネサンスの巨匠、ルカス・クラーナハ(父)をフィーチャーした、「クラーナハ展」が国立西洋美術館で始まりました。

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ここ10年程、世界的にも特集展示が組まれることが多くなってきましたが、日本でも、とうとう開催されたクラーナハの大回顧展。

展示の中身は、かなり力が入っていて非常に見ごたえがありました。・・・というより怪しさ満点。いや、妖しさと言った方がいいでしょうか?15~16世紀頃のこの時期特有のドイツ北方のB級感あふれるウマ下手系のタッチに、ギリシャ神話や聖書から着想された奇抜なテーマや、裸体画だらけの絵画群がこれでもかと並べられた圧巻な展示は、見どころ満載。

同時期に高い完成度を誇ったフィレンツェやローマ、ヴェネツィアのイタリア・ルネサンス絵画とはまた違った楽しさ、面白さにあふれた展覧会でした。今日は、このクラーナハ展について、少し感想を書いてみたいと思います。

1.混雑状況と所要時間目安

この時期なので、美術館自体は混んでいるのです。絶え間なく団体さんがドドドっと入ってくるので、出入口やカフェは人でごったがえしていました。7月に世界遺産に指定されてから、特に増えた印象があります。

でも、バスツアーの団体さんは、クラーナハ展に行かずに、常設展へ直行していきました。「え~っ?!ちょ、みんなクラーナハ展見ようよ!常設展は後でいいっしょ!」と毒づきつつも、入り口へ。

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どうですか?意外と空いてますよね・・・。

日曜日の午前11時と、過去の経験上一番混雑する時間帯に行ったのに、常設展や館内カフェのかつてない賑わいぶりとは対照的に、クラーナハ展は結構空いていました。まだ会期初めだからなのかもしれませんが、かなり余裕があります。

展示は約90点と多めなので、90分くらいは見ておいたほうがいいでしょう。僕は音声ガイドと館内休憩スペースの図録をガッツリチェックしていたら、150分経過していました。

2.音声ガイドはボーナストラックが良かった

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もちろん、音声ガイドも用意されています。音声ガイドの特別コンテンツとして、阿川佐和子の現地レポートや、ウィーン美術史美術館、総館長のザビーネ・ハーク氏の挨拶も入っています。

隠れたおすすめポイントとしては、今回の展覧会のために千住明が作曲し、演奏式を佐渡裕が担当した、クラシック風のテーマソング「Glorious Museum」がボーナストラックとして聞けること。

優雅でキャッチーなクラシック曲は、宮廷画家クラーナハの雰囲気にピッタリ。録音も、佐渡裕が音楽監督を務めるトーンキュンストラー管弦楽団まで使って、佐渡裕直々の指揮で録音された豪華版なのです。

自宅に帰ってからもう一度試聴しようと思ったのですが、どこにも音源がありませんでした。せっかくの良曲なのにもったいない・・・。

3.クラーナハ展に行く前におさえたい予備知識

クラーナハってそもそも誰?っていう人も多いと思います。普段美術展に行き慣れていないと、なかなか聞かない名前でもありますし、展覧会に行く前に見どころだけでも予習しておくと、かなり楽しめます。

3-1.クラーナハって誰なの?

ルカス・クラーナハ「自画像」※今回未出展f:id:hisatsugu79:20161017160723j:plain
(引用:Wikipediaより)

ルカス・クラーナハ(1472-1553)は、ドイツ北方、ヴィッテンベルクで16世紀前半に活躍した西洋絵画の巨匠です。「クラナッハ」、「クラナハ」とも呼ばれますし、ファーストネームも「ルーカス」と呼ぶ場合もありますね。

若い頃にウィーンで絵画修業を終えたクラーナハは、西ヨーロッパで強大な力を誇った神聖ローマ帝国のザクセン選帝侯に見出され、専属の宮廷画家となりました。王侯貴族のオーダーに基づき、彼ら一族の肖像画やキリスト教のテーマに基づいた寓意画などを描きました。クラーナハの絵画は、他の貴族・王族への贈答品として外交に使われたり、選帝侯一族の権威を高めるために大いに利用されたといいます。

3-2.クラーナハが確立した工房での大量生産体制

ザクセン選帝侯の宮廷画家であった一方で、クラーナハは、独立採算の大規模工房を持つ優れた実業家でもありました。徒弟制に基づく彼の工房では、絵画や版画が徹底した分業体制で運営されました。「手足だけ描く担当」「背景担当」など絵画のパーツごとに専門家が効率的に担当していたそうです。(今だと、村上隆の工房や、漫画家のスタジオなんかがそれに近いかも)

そして、クラーナハは、1510年頃から、ザクセン選帝侯から授けられたこの「サイン」を、ほぼ全作品に刻印するようになります。この「サイン」は、工房の生産物に対する「商標」として機能したため、大量に流通した彼の作品群のブランド価値を高める効果がありました。このあたりにも、ビジネス的センスに優れたクラーナハの才覚が感じられます。ぜひ、展覧会で紋章を探してみて下さい。

3-3.「クラーナハ様式」と呼ばれた独特の画風

クラーナハが生きた16世紀、イタリアではすでにダ・ヴィンチらにより、一点透視図法や空気遠近法など、写実的な近代絵画技法に基づくルネサンス絵画の技法が浸透していました。

しかし、アルプス山脈を越えた「北方」地域であるドイツでは、ルネサンスの影響を受けたデューラーらが出た一方で、依然として前時代的な「後期ゴシック様式」と言われる中世的な絵画手法にとどまる作家も多く活躍していました。

クラーナハは、どちらかというと「後期ゴシック様式」の香りがする絵画を描いており、ローマやフィレンツェより時間軸的には100年くらい遅れています。技術的には、超一流ではなく、失礼かもしれませんが、一見、垢抜けない「B級」「二流」という印象を持つ人も多いかもしれません。

ルクレティア
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だって、明らかに体のサイズがヘンですよね?!腰、細すぎ。よく頑張って描けているんだけど、やっぱり写実性ではイタリアの巨匠や、同郷の巨匠、デューラーに遠く及びません。

じゃあクラーナハのどこが凄かったのか?!というと、図録にもありますが、彼が同時代の画家と比較して優れていたのは、斬新な絵画テーマを採用した画題選択の革新性にありました。宗教画の文脈から、女性のヌードだけを独立して抜き出してブロマイド的な絵画を大量生産したり、寓意性や風刺性に満ちた絵画テーマの選択は、ルネサンス的な精神に根ざした新しい試みでした。

3-4.政治的にも力を持っていたクラーナハ

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(引用:クラーナハ展公式HPより)

クラーナハは、世界史の教科書でも有名な、宗教改革の旗手マルティン・ルターと親交が厚く、彼の結婚式の立会人も務めたほどでした。宗教改革のお膝元であるヴィッテンベルク市長を務めつつ、工房を挙げてルターの肖像画や版画を大量生産し、ルターの宗教改革運動のイメージアップの為の「広報活動」に深く関わりました。

クラーナハは、政財界の大物として、キリスト教の新宗派「プロテスタント」の成立に大きく貢献した点で、歴史的な文脈から見ても重要な人物だったのです。展示最終部分でルターの肖像画を、痩せていた若い時代、結婚して太った時代と2枚見比べるのも面白いですよ。

4.展覧会で見れる妖しい絵画たち

クラーナハの絵は、寓意にあふれた妖しくも個性的な宗教画や、そこは裸でなくてもいいでしょう?!と思えるくらい多様な裸体画が見ていて面白いです。世界中の30館以上から集められたクラーナハの絵画群をじっくり堪能してみて下さい。

4-1.「ザクセン選帝侯アウグスト」と「アンナ・フォン・デーネマルク」

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(引用:クラーナハ展公式HPより)

まずは普通の肖像画から。興味深いのは、モデルの顔つきや服装です。イタリア人とは明らかに違い、デカくて北欧系やドイツ人のような顔つきです。また、彼らの豪華な正装もフィレンツェの王族たちとは全然違う、独特なファッションなのが印象的でした。

4-2.神聖ローマ皇帝カール5世

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(引用:クラーナハ展公式Twitterより)

神聖ローマ皇帝、カール5世の肖像画です。直接謁見できず、何かの資料を見ながら描いたとはいえ、これ、アゴ出過ぎじゃないですか?一応、王様なわけですよね?行き過ぎた美化をせず、極力写実的に描こうとしたとは言え、宮廷画家の描くオフィシャル画像がこれでいいんでしょうか(笑)このあたりにクラーナハの個性というか、面白さが感じられました。

4-3.聖アントニウスの誘惑

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(引用:クラーナハ展公式HPより)

国立西洋美術館の一つ前の企画展「メッケネム展」でも特集されていましたが、ドイツでは14世紀後半から木版画や銅版画がいち早く発達しました。

今回展示でも、クラーナハをはじめ、デューラー、メッケネム、ショーンガウアーなど、同時代のドイツ人巨匠達の版画が比較展示されています。技巧的に一番上手なのはやっぱりデューラーですが、クラーナハの版画はコミカルで寓意にあふれる面白い作品が多かったです。

この作品なども、天使と悪魔が戦うシーンが描かれているのですが、ファンタジックで中世的な妖しい雰囲気は、RPGゲームなんかの挿絵なんかにもぴったりフィットしそうです。

4-4.ホロフェルネスの首を持つユディト

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クラーナハの代表作。西洋絵画では残酷シーンを描いた一場面としては非常にメジャーで、代表的な「怖い絵」的な作品なのですが、どうしてもこの生首の断面に目が行ってしまう・・・。そして、仕事をやりきった感のあるすまし顔でこっちを見つめるユディトの醒めた視線が何とも言えず不気味でした。

なお、本展覧会でこの絵画を長距離輸送するため、繊細でもろい木版を3年以上の時間をかけて慎重に補修作業を行ったとのこと。すごい労力です。

4-5.聖カタリナの殉教

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(引用:クラーナハ展公式HPより)

聖カタリナが殉教するシーンも、中世の西洋絵画ではメジャーなモチーフなのですが、クラーナハのこの作品は、もう何がなんだか、、、。物と人物が画面にごちゃごちゃ詰め込まれて混沌とした怪しさ満点の仕上がり。黒くなっているのは落雷を表現しているのですが、火山が噴火しているような大仰さですし、画面中央の兵士の衣装は近未来的な宇宙服にしか見えない、この独自のセンス凄いです。

4-6.ヘラクレスとオンファレ

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(引用:https://jp.pinterest.com/pin/536702480571107739/

英雄ヘラクレスも、女性たちに誘惑されてめろめろになっている構図(笑)みどころは、だらしなさすぎるヘラクレスの表情と、こっちを見る「してやったり」な女性の表情です。クラーナハは、この「ヘラクレスとオンファレ」だけで、合計20枚以上の同じような構図の同タイトルの作品を遺しています。

5.クラーナハに影響を受けた近現代のアーティストたち

個性的な妖しさ満点のクラーナハの絵やその独特の画風・構図などは、近現代の沢山の国内外のアーティストに影響を与えました。今回の展覧会でも、クラーナハから影響を受けたピカソや岸田劉生などが印象的でした。面白かったのは森村泰昌。

森村泰昌「MOTHER(Judith) 1」
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(引用:Archive 西洋美術史 | 「森村泰昌」芸術研究所

森村泰昌が扮するユディトの作品を素通りした、熟年夫婦の会話が面白過ぎて笑いをこらえるのがつらかったのです。妻「お父さん、これ見ていかないの」夫「あぁ、いいよ、ものまねだろこれ」(・・・いや、まぁ、そうなんだけど著名な現代アートだからねこれ?!)

6.まとめ

不思議な妖しさが満載のクラーナハの絵画は、一見単なるヘタウマ系の中世絵画に見えるのですが、次第に妙に引き込まれていくような中毒性がありました。クラーナハやその同時代の作品が90点以上集まった、日本で初めての大回顧展です。楽しい展覧会ですので、ぜひ。

それではまた。
かるび

展覧会開催情報

クラーナハ展は、東京展のあと、大阪に巡回します。

展覧会名:「クラーナハ展」
会期:
【東京】2016年10月15日~2017年1月15日
【大阪】2017年1月28日~2017年4月16日
会場:
東京:国立西洋美術館
大阪:国立国際美術館
公式HP:http://www.tbs.co.jp/vienna2016/
Twitter:https://twitter.com/tbs_vienna2016

上野で同時期に回れる西洋美術展

この秋、上野の近接する公共美術館にて、他にも2つの西洋美術展「ゴッホとゴーギャン展」(東京都美術館)、「デトロイト美術館展」(上野の森美術館)が開催されています。特に、「ゴッホとゴーギャン展」とはチケットの相互割引がありますよ。感想レポートを貼っておきますね。 

書評:「兆し」をとらえる~報道プロデューサーの先読み力~

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かるび(@karub_imalive)です。

ビジネスの企画やクリエイティブなプロジェクトにおいて成功するには、「世の中に半歩だけ先取りした」アイデアや着想が必要だと言われます。

10年も20年も先取りしなくてい、たった半歩だけでいいんだ、と言われますが、それができれば誰も苦労しません。新規性のあるアイデアや、斬新な切り口の着想をタイミングよく形にするのは、実際には非常に難しい

しかし、それを「当たり前の努力」を積み重ねることで、実現し続けてきた人物がいるといったら、気になりませんか?

本書『「兆し」をとらえる』は、テレビ東京の看板番組「ガイアの夜明け」の看板プロデューサーとして、常に世の中の流れの先を読み、視聴者のニーズと共感を勝ち取ってきた野口雄史氏が、「時代の先読み力」について自らの体験や知見を余すことなく語り下ろした新書です。

これから火がつきそうなサービスや商品について、その着想のヒントをどこから得ればいいのか。あるいはそれを見つけ出したとして、得られたアイデアをどのようにサービスや商品に落とし込み、顧客にどう提案していったらいいのか。 

本書が扱うジャンルは「報道番組」と特殊な世界ですが、だからこそ本書を通して浮き彫りになる数々の知見は、幅広い読者の取り組むビジネスやプロジェクトに応用できるはずです。ぜひ手にとって見てほしいので、今日は本書についてのレビューを書いてみたいと思います。

0.報道プロデューサー、野口氏の仕事について

本書の著者、野口雄史氏は、テレビ東京で入社以来営業職を経て、2002年から2015年までの13年間、「ガイアの夜明け」のチーフ・プロデューサーを務めた、いわば同局のエースプロデューサーです。

現在も、やはりテレビ東京の看板報道番組「ワールドビジネスサテライト」のプロデューサーを務めています。

1.「兆し」を捉えるためのヒント

本書は、

・第1章「まだ見ぬ”現実”を撮りにいく」
・第2章「まだ見ぬ"シーン”を描いていく」
・第3章「まだ見ぬ”関わり”をつくっていく」

と、シンプルな3章での構成です。主に、同社のビジネス・ドキュメンタリー「ガイアの夜明け」を制作していく中で、制作プロセスや、取材や人間関係構築の工夫、そして企画着想のアイデアなど、野口氏が番組を制作する一連の流れの中で会得してきた経験や知見が本にまとめられています。

本書の核心部分であり、僕が一番推したいのは、この第2章「まだ見ぬ”シーン”を描いていく」です。本章で示された、野口氏自身が日常的に取り組んでいる「兆し」のつかみ方の部分、つまり「どうやってネタを探しているのか」というところ。

いくつか、ハッとした部分を取り上げてみると・・・

1-1.まだ表に出ていない情報は口コミでもたらされる

有用な情報は、まず「表に出ていない情報」です。これを普段からメンテナンスし、培ってきた取材先や人脈から「口コミ」として、こっそり教えてもらうことが一番の情報源だといいます。新聞などのマスコミに出ていない情報は、当たり前ですが、誰かから聞くしかありません。

時には、取材先企業と「機密保持契約」を締結してまでも貪欲に水面下の情報を取りに行く貪欲な姿勢が素晴らしい。また、どうやって聞き出すのかについては、野口氏の「営業」時代を振り返る第3章に余すことなく書かれていました。

1-2.取材コンセプトをぶらさず、視聴者へ届ける情報価値を最優先する

事前に企画会議やブレインストーミングの場で、「こういう切り口で番組をつくろう」とコンセプトや仮説を決めたら、まずはそのコンセプトに忠実に取材を進めます。企業の取組をテーマとして取材する「ガイアの夜明け」では、会社側から「これも撮影して欲しい」「こんなメッセージも流して欲しい」と広報目的で宣伝も兼ねた依頼も多いそうなのですが、それはハッキリ断るようにしていたそうです。

あくまで「他では見られない企業の裏側、開発の裏側」についての情報や映像を視聴者へと届けることを最優先し、立てた仮説にこだわって情報を取りに行く姿勢が、結果的に制作されるコンテンツの質を高めているということですね。

1-3.たくさんの1次情報に目を通し、考え抜く

口コミ以外での野口氏の最大の情報源は、「新聞」でした。目を通している新聞は、日経をはじめ、朝日、読売、日経MJ、日経産業新聞、競合他局のドキュメンタリー番組やニュース番組、新商品のPR記事など。

そして、このような色のついていない「1次情報」源を元に、徹底的に考えながら読むのです。熟考するポイントを本書から列挙すると、

「このニュースの背景にある日本の課題・問題は何か?」
「その新しい商品は、何か問題の解決に役立つのか?」
「これを番組で取り上げると、他でも参考になる、良い取り組みなのかどうか、普遍性があるのかどうか?」
「どのようなメッセージが込められるのだろうか?」

野口氏は、「漫然と読むだけでは、”兆し”をとらえることはできない」と言い切ります。必死で考えながら読み解くことで、記事の背景から浮かび上がるアイデアのエッセンスや切り口といった、”兆し”がつかめる確率がアップするのです。

普段、なんとなくYahooニュースのトップページや、はてなブックマークなどでキュレーションされたオピニオン記事を漫然と読んでいるだけではダメだな、と痛感させられました・・・。

1-4.ひっかかる情報は寝かして熟成させ、あとで見返す

とは言え、いくら熟考してもアイデアへと昇華できない1次情報も数多くあります。でも、なんか心のなかでひっかかる。こういうニュースや新聞記事は、そのページごとファイリングし、分野別に付箋をつけて大雑把に分類して寝かせておくそうです。

このファイル群を、2ヶ月毎に再び読み込むようにすることで、切り抜いた記事が時とともに「発酵」し、別の情報と組み合わせてアイデアへとつながったりすることがよくあるとのこと。

僕も、普段から気になった記事は、はてなブックマークやPocket、Evernote等に保存していますが、定期的に見返していませんでした。インプットした情報を一度保留し、改めて「あとで見返す」重要性や、その効能・効果について、再認識させられました。

2.野口氏は、現場で創意工夫を重ねて実績を積み重ねてきた人

この本では、野口氏がテレビ東京へ入社以来関わってきた番組作りの一部始終のプロセスについて、その経験や知見がかなり赤裸々に語り尽くされています。全編を読んでいて気づいたのは、「現場での気付き」を大切にしていることでした。

取材を進める中、予期せぬ出会いやアクシデントから、その場その場でのリアルタイムな判断が必要とされたり、当初想定になかった取材成果がもたらされたりします。その際、プロデューサーとして、必ずその現場で得られた気づきや着想をどんどん行動に移して、成果につなげたり危機を乗り切ってきていることが非常に印象的でした。

わたしたちが日常で仕事に取り組むときも、漫然と取り組むのではなく、ビジネスの現場で浮かんできたアイデアをためらわず、まず行動に移していくことが大事なのだなと改めて実感させられました。

3.まとめ

本書の帯に、序章から抜粋した印象的な一文があります。

なぜ先が見えない話なのに、重要だと思うのか?」という問いに、「勘です」としか答えられないのなら、仕事ではありません。[・・・]世の中にとって重要なテーマになるという”兆し”をとらえて取材に動かなければいけません。そうやって意識的に取捨選択したものを、私は「兆しをとらえる」と表現したいと思います。

普段から質の良い情報を集め、それを自分なりに徹底的に考え抜き、仮説やコンセプトを立てる。その仮説に基づき、取材企画を立て、コンテンツを作り上げていく。時には、現場での気づきも臨機応変に取り入れ、内容をブラッシュアップしていく。

なんだか、こうやって野口氏の仕事の進め方についてエッセンスを抜いてみると、当たり前のプロセスが浮かび上がってきますよね。一流の仕事人は、どんな業界・業種であっても、クリエイティブな仕事をするには、共通したプロセスがあるのだと気付かされます。

「兆し」を捉える技術、頑張れば我々にもできるかもしれません。ヒント満載の強く推したい良書でした。、ぜひ機会があれば読んでみて下さい。

それではまた。
かるび

ピエール・アレシンスキー展は自由奔放で個性的な作風が面白かった!

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かるび(@karub_imalive)です。

10月19日より、東急文化村にてベルギー出身の現代アートの巨匠、ピエール・アレシンスキー展がはじまりました。エネルギッシュで、古代文明のレリーフや洞窟画を想起させる独特な作風が面白かったです。以下、感想を書いてみたいと思います。

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※本エントリで掲載した写真は、予め主催者の許可を得て撮影したものとなります。

1.混雑状況と所要時間目安

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ピエール・アレシンスキーは、ヨーロッパやアメリカでは押しも押されぬ現代美術の巨匠ですが、日本ではそれほど名前が知られているとは言えません。土日や3連休のピークでも、息苦しくなるほど混雑することはまずないでしょう。

絵も一つ一つが非常に大きいので、多少人が入っても鑑賞は問題ないと思います。展示されている点数は約80点。難解な作品も多く、じっくりと読み解きながら見ていくなら、90分くらいはほしいところ。 

2.日本で初めてのピエール・アレシンスキー展の大回顧展

海外では、MOMAをはじめ、アメリカ・ヨーロッパ各地で1980年代頃から繰り返し100回以上回顧展が開催されてきました。

試しに、「Pierre Alechinsky Retrospective」とGoogle検索にかけてみて下さい。世界各国で開催された回顧展の開催記録がいくらでもひっかかります。(フランス語比率高し!)

日本では、何度か小規模な個展やグループ展は散発的に開催されてきましたが、この規模でのしっかりとした回顧展は、今回が初めてとなります。今回展示では、アレシンスキーがアーティストを志した若年期から、最新は2012年の作品まで、作家のキャリアを振り返りながら作品を楽しめる王道の回顧展スタイルでの展示となっています。

主な出展作品や展覧会の概要は、こちらの動画を見ておくといい予習になります。

3.ピエール・アレシンスキーについて

ピエール・アレシンスキー(1927-)はベルギー生まれの現代アートの巨匠。まだ元気で、映像ではとても90歳には見えません。

彼は、若い頃から前衛芸術へと傾倒し、1940年代後半から北欧でのCOBRAムーブメントに参加した後、1956年には来日して前衛書家たちとも交流を深めました。ヨーロッパに戻ってからは、ジャコメッティやブルトンら、戦後現代アートの巨匠たちと親交を結び、東洋と西洋を融合した独自のスタイルを追求していきました。

本展覧会では、特に音声ガイド等は用意されていませんが、出口近辺に20分程度の長尺のビデオがあり、アレシンスキーの半生や制作スタイル、アトリエの様子などが特集されています。彼の作品に初めて接する人は、必見だと思います!

ビデオコーナー
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この紹介映像を抜粋した動画も公式サイトから発表されていますので、合わせて貼っておきますね。アトリエの雰囲気や、製作中の作品などがアレシンスキー本人から語られています。

さて、そんなアレシンスキーが今の制作スタイルに落ち着くまでの間、半生を通して影響を受けてきた芸術運動や、芸術家たちについて、幾つかピックアップしてみます。

3-1.COBRAムーブメント

 COBRAムーブメントとは、1948年~1951年にかけて、北欧の前衛画家達によって結成された、新しい抽象絵画表現を目指す運動のことで、若き日のアレシンスキーも、(ほとんど使い走りみたいな下っ端の立場だったといいますが)この運動に参加して、大いに影響を受けたそうです。ちなみに、COBRAは、運動へ参加したアーティスト達の出身地を足し合わせたもので、CO=Copenhagen、BR=BrusselsA=Amsterdamをそれぞれ表しています。デンマークには、COBRA美術館という、この時期に活躍したアーティストの作品を収集する専門美術館まであり、ちょうどここでも現在アレシンスキーの回顧展が開催されています。

COBRA MUSEUM
http://www.cobra-museum.nl/

アレシンスキーの絵画に好んで用いられる「ヘビ」のモチーフは、「COBRA」にちなんだものと言われています。

3-2.日本の前衛書道家たち

COBRAでの活動が一段落すると、アレシンスキーは日本の前衛書家達グループの機関誌「墨美」を見て、即興で自由闊達な筆さばきや、その表現方法に強い興味を覚えます。知人の紹介を経て1956年に来日すると、森田子龍、篠田桃紅(102歳、存命中!)らと親交を結び、前衛書道のエッセンスを彼らから学び取りました。

日本滞在中、彼らとの交流からインスピレーションを得て、実際にドキュメンタリー映画「日本の書」の制作も行いました。展覧会でその映像を見ることが出来ますよ。

映画「日本の書」f:id:hisatsugu79:20161020085157j:plain

この時、篠田や森田から日本を離れる際にお餞別として譲り受けた「筆」は、今でもアレシンスキーのアトリエで現役として使われているそうです。

「移動」(左)「夜」(右)f:id:hisatsugu79:20161020115120j:plain

この時期に書家たちから受けた影響を作風に取り込んだアレシンスキーが制作した2枚。文字とも記号とも取れる図像が画面いっぱいに広がった抽象絵画です。

3-3.シュルレアリスム

アレシンスキーは、シュルレアリスムやその影響を受けた作家たちと交流が厚く、アンドレ・ブルトンやジャコメッティらとは特に親交がありました。

インスピレーションのままに筆を軽快に走らせるスタイルは、シュルレアリスムの作家たちが標榜した「オートマティスム(自動筆記)」にならったものだと言われています。

3-4.ジャクソン・ポロック

1951年にブリュッセルの展覧会でポロックの作品と出会って見てから、戦後アメリカの抽象表現主義の大物作家、ジャクソン・ボロックにもその制作スタイルや作風について、大いに影響を受けています。イーゼルではなく、キャンバスを直接床に置いて、アクリル絵の具をポタポタ垂らしていくスタイルはポロックのスタイルに似ていますね。

この作品群は、ポロックの絵画を見た直後に、インスピレーションを得て制作されたものだといいます。

「新聞雑報」f:id:hisatsugu79:20161020105441j:plain

3-5.仙厓

アレシンスキーは、1966年にヨーロッパで開催された大回顧展にて、仙厓の禅画に出会うと、熱烈なファンとなり、私淑するようになります。その大回顧展で購入した禅画のレプリカが、現在、『大仙厓展』でも展示中のこちらの絵です。(よりによって、これか!と思ったのですが・・・/笑)

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(引用:出光美術館HPより)

唯一邦訳が出版されている著書『自在の輪』(1976/新潮社・絶版)で、江戸時代の禅画の巨匠、仙厓について2度言及する箇所がありますが、彼は仙厓の即興的で自由な禅画スタイルに心酔しており、あまりに好きすぎて、同書中で(作品の制作中)「僕は仙厓だ」と言い切っています。素晴らしい。

実際、仙厓の作品をそのまま取り込んだオマージュ作品も幾つか遺していますね。

※本展示には未出展f:id:hisatsugu79:20161020103925j:plain
(Pinterestより)

思いのままに筆を走らせ、即興的に作品を仕上げていく彼の制作シーンを見ていると、確かに「ベルギーの仙厓」と呼んでもいいような気がします!

4.作品の特徴や、好んで用いられるモチーフ

4-1.下枠

アレシンスキーは、活動の中期以降、絵画全体のストーリー性を際だたせるため、絵画の下余白部分にメインの作品と関連のある、あるいは補足する別の絵をコマ割りで複数描く「下部挿画」(プレデラ)手法を好んで採用しました。といっても、下枠の絵も抽象的なので、パッと見、何をどう説明しているのかは鑑賞者次第というところはありますが・・・

「写真に対抗して」f:id:hisatsugu79:20161020090707j:plain

「時には逆もある」f:id:hisatsugu79:20161020091046j:plain

4-2.マンガのような枠

また、アレシンスキーは、マンガのコマ割りのように画面を分割して描くこともありました。互いの枠内の絵は、時間軸での関連性があったりなかったり、やはり自由奔放な感じであります。

「開かれた新聞」

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4-3.外枠

アレシンスキーは、絵画上のストーリー性を強化するためにマンガ的な画面分割を発展させていきます。キャリア後期では、最終的に、メインの絵画とその外周を取り囲む周縁部分とに分ける分割方法に落ち着きました。

初期では、真ん中がカラーの絵画、周辺部分が白黒で描かれることが多かったですが、キャリア中期以降は、真ん中が白黒、周辺部分をカラーで描くスタイルも取り入れています。

「肝心な森」 f:id:hisatsugu79:20161020090929j:plain

4-4.滝や火山のイメージ 

アレシンスキーの絵画の中で、特に好まれた自然風景のモチーフとして、火山の風景や、滝のような水が迸りながら落ちるシーンが目立ちます。いずれも生命の循環を強く感じさせるモチーフでもあります。

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4-5.円形のキャンバス

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キャリア後期になってからは、円形のキャンバスも多用するようになりました。キャンバス外縁部を囲って循環させるだけでは飽き足らず、とうとうキャンバス自体を丸くしてしまったアレシンスキー。

禅画の「悟り」を表す円環や、自然の生命の大循環を連想させるからなのか、アレシンスキーは「円」での表現に強い関心を示しています。

著作「自在の輪」でも、友人の作家たちに「円」を連想させるモチーフの絵を頼んで描いてもらったものをコレクションしているシーンがありました。

アニミズム的、シャーマニズム的な自然と一体化したような原始絵画のような雰囲気を持つアレシンスキーの作品は、「循環」の象徴でもある円環形のほうがフィットしているかもしれませんね。

5.展覧会のハイライト

「ボキャブラリーI-Ⅷ」f:id:hisatsugu79:20161020093225j:plain

本展示会場で最大の作品。壁一面全部を占有していました。例によってマンガ状にコマ割りがわけられた中に、デフォルメされた自然や建造物、オブジェなどのモチーフが青一色で散りばめられています。

アレシンスキーは、こういった巨大な規模のパブリックアートなどもよく手がけています。西洋画も東洋画もごちゃごちゃにミックスされた国籍不明の作風は、超古代の巨大建造物内の壁画などに出てきそうな神秘的な雰囲気がぷんぷん漂っていました。

6.グッズ

グッズは、公式図録やTシャツ、クリアファイルなど定番ものがまずしっかりと置いてあります。国内では、関連著作物が極端に少ないアレシンスキー。ファンの人は、必ず図録は抑えておいたほうがいいと思います。

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お菓子やおみやげは、ベルギーにちなんだクッキーやチョコレートがありました。このバタークリスプは美味しそうでした。

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7.まとめ

荒々しく即興的で、ビビッドな色で大胆に描かれた一連の絵画や版画は、個人的にはシャーマニズムや原始信仰を連想しました。超古代のレリーフや壁画に描かれた抽象的な動植物画を、発掘現場近くの博物館で見ているような感覚に近かったかも。でも、70年間にわたる作家生活は伊達ではありません。古今東西のあらゆる土着的な文化が混ざりあったような、アレシンスキー唯一無二の独自のオリジナリティはさすがの一言。

そして、偶然性に身をゆだね、インスピレーションのおもむくまま筆を走らせ生み出された、極限までコミカルにデフォルメされた怪獣や動植物は、探求の結果、突き詰めて考え抜かれた「計算された」プリミティブさなんですよね。まさに、大人の描く子供のような絵画なのであります。

現代アートは、元々少し苦手意識が会ったのですが、ここ半年ほど様々な作品と向き合う中で見出した一つの楽しさが、「何なのかわからないんだけど、とにかく凄い。わからないからこそ面白い」そういった、意外性との出会いです。アレシンスキーの作品も、まさにそんな感じ。

世界中には、こういうよくわからないけどなんだか凄いものを創っている、人間の多様性や可能性を感じさせてくれるような、圧倒的な個性を持つ作品とまだまだ出会えるんだなと改めて思わされた展覧会でした。

それではまた。
かるび 

展覧会開催情報

※ピエール・アレシンスキー展は、東京展のあと、大阪に巡回します。大阪展は、全く同スケジュールでクラーナハ展とセットでの開催です!

展覧会名:「ピエール・アレシンスキー展」
会期:
【東京】2016年10月18日~2017年12月8日
【大阪】2017年1月28日~2017年4月16日
会場:
東京:BUNKAMURA(渋谷)
大阪:国立国際美術館
公式HP:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/16_alechinsky/


映画「スター・トレック BEYOND」のネタバレ感想!美麗なCGとアクションシーン、クルー達の成長と友情に酔いしれました!

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かるび(@karub_imalive)です。

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10月21日、スター・トレック BEYONDが公開されました。2009年からのJ・J・エイブラムズによるリブート作品「ケルヴィン・タイムライン」第3弾。SF映画は大好きなので、待ちきれず公開初日に行ってきました。

早速、以下感想を書いてみたいと思います。

1.映画館の様子

最寄りのシネコン、ユナイテッドシネマ豊洲の初回に行ってきました。今回は特にアクションシーンが多めだろうと予想し、4DXデジタルシアターを選んで大正解。

お客さんは、明らかに年齢を重ねた男性のディープなトレッキーたちが多かったように思います(あ、自分もか/汗)。平日朝一の上映にしてはかなりの客入り。

2.映画の基本情報

2007年にリニューアルされて始まった「ケルヴィン・タイムライン・シリーズ」では、過去2作、『スター・トレック』『スター・トレック・イントゥー・ダークネス』に続いての3作目となります。今作は、過去2作で監督を務めたJ・J・エイブラムスは制作総指揮へと一歩退き、新たに「ワイルド・スピード」等で監督を務めたジャスティン・リン監督を迎えての新作となります。

US版の予告も面白いです。英語がわからなくても、映像だけでも合わせて見ておくとあらすじが把握しやすいかも。

【映画公開日】2016年10月21日(金)
【制作】J・J・エイブラムス
【監督】ジャスティン・リン

3.映画を楽しむための最低限の事前知識

一応、今作はまったく事前知識がなくても楽しめますが、最低限、スター・トレックの世界観を把握しておくとより楽しめると思います。完結にポイントを示します。

3-1.ケルヴィン・タイムラインとは

スター・トレックは、1960年代から13作の映画と、700話以上のTVシリーズが断続的に制作されてきました。そのすべてのシリーズにおいて、世界観と時間軸を共有しており、一応どの作品から見ても、矛盾なくすべての映画・TVシリーズを楽しめるようになっています。

今回、2009年からリブートされたエイブラムスの新シリーズでは、60年代のオリジナルとは違う並行宇宙で、カークの父親の名前にちなんで名付けられた「ケルヴィン・タイムライン」上でのストーリーとなります。

3-2.10秒でわかる、過去2作の超簡単なあらすじ

スター・トレック(2009)
故郷の星を連邦に破壊され、連邦への復讐に燃えるロミュラン族の王、ネロとスポック(オリジナルタイムライン)は、ブラックホールに吸い込まれ、違う時間軸=ケルヴィン・タイムラインに飛ばされてしまいました。飛ばされた宇宙でもネロは復讐を企て、カークの父親であるケルヴィンを殺害します。さがて成長したカークは、ケルヴィンの上司パイク船長の誘いで宇宙艦隊に入隊します。復讐に燃えるネロは、さらにスポックの住むヴァルカン星も消滅させてしまいます。ネロの捕虜となったパイク船長を、スポックとカークで協力して奪還し、カークはエンタープライズ号の船長となるのでした。

スター・トレック イントゥー・ダークネス(2013)
惑星ニビルの任務でニビル星人に宇宙船を見られてしまい、エンタープライズ号の船長を解任されるカーク。そして、クリンゴン星人との戦争を企てる連邦のマーカス提督に冷凍保存状態を解かれ、野放しになった遺伝子改良されたスーパーヒューマンのカーン。人類への復讐のため、テロを起こし、宇宙へ逃亡したカーンを追ったカーク達は、悪戦苦闘しつつ、再びカーンを冷凍状態へと封印するのに成功。任務を終えたUSS.エンタープライズは、新たな5年間のミッションへと旅立つのでした。

4.あらすじ(ネタバレなし)

新たな5年間の宇宙探索ミッションのさなか、見知らぬ星系から遭難信号を受けたカーク達は、救助を試みて、交信不可の星雲の中へと誘い込まれてしまう。そこで、圧倒的なパワーを持つ未知の敵の前に、USSエンタープライズ号は破壊され、クルーは全員脱出し、近くの未知の惑星へと不時着する。

クルー達は、少人数のグループにバラバラになってしまい、スポックはボーンズと、カークはチェコフと、そしてウフーラは敵のアジトの中にとらわれるのだった。そんな中、スコッティはジェイラという少女に出会い、物語は佳境へと進んでいくのであった・・・。

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---ここからネタバレ注意---

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4.あらすじ完全版(★ネタバレあり注意)

前作での超人ヒューマノイド、カーンとの戦いが終わり、新たな宇宙探索に出掛けて3年目となったある日。カーク船長は、ティナクシ星人とフェノピアン星人との平和条約に立ち会っていた。

カークは、フェノピアン星人からの平和の贈り物として、ある古代の珍しいオーパーツのような人工遺物をティナクシ星人に渡そうとするが、ティーナクシのリーダーは、それを一種の武器とみなし、一斉にカークに襲いかかる。調停が不備に終わったことを悟ると、カークはスコッティにあわてて指示を出し、USSエンタープライズへ転送して戻ってくるのだった。

本部への報告が終わると、その晩、カークはチェコフが持ち込んだウィスキーを飲みながら、ボーンズと休憩室にてカークの誕生日2日前の前祝いを二人だけで祝うのであった。あと2日で、カークの亡き父より1歳年を取ってしまうと感傷にひたるカーク。

そこへ、遭難信号を受信したと艦橋から連絡が入る。解析してみると、仲間の船がアルタミド星系で遭難してしまい、救助して欲しいとのこと。一旦、宇宙連邦最大級のヨークタウン基地に補給のため停泊してから、救出に向かうことに。

ヨークタウン基地では、USSエンタープライズ号のクルーは、つかの間の休暇を楽しむのであった。スールーは、パートナーの男性と子供との家族団らんを楽しむ一方で、スポックは、前作に引き続き、ウフーラとの関係がまたもおかしな状態に。スポックに別れを切り出されたウフーラはスポックにもらったネックレスを返そうとするが、スポックは、ヴァルカン星では、一度贈り物として渡したアイテムは返さないものだと行って、ネックレスの返却を断るシーンも。

別れに悩むスポックにさらに追い打ちをかけたのが、スポック大使(リブート1作目で違うタイムラインから飛ばされてきた)が亡くなったことだった。

また、長旅の徒労感から、カークはパリス提督に、5年間の旅が終わった後、USSエンタープライズを下りて副提督へと進みたい旨を進言するのだった。

補給が終わると、遭難信号を送ってきていたカラーラというエイリアンをエンタープライズ号に載せ、カラーラの仲間をアルタミド星系へと救出に向かうが、アルタミド星系の近くで、見知らぬエイリアンの大群に襲われてしまう。

応戦するも、圧倒的な火力の前になすすべなくやられていくUSSエンタープライズ。やむを得ずワープして逃げようと企図したが、エイリアンにワープナセル(船についているワープ用のウィング状の装置)を破壊されてしまい、ワープも不可能に。そこで、エンジンを最大にして逃げようとするも、さらに艦橋部分とエンジンを切り離されてしまい、エイリアンが船内へと侵入してくる。エイリアンのボスは、クロールといい、カークが映画冒頭で手にしていた古代のオーパーツ「アブロナス」を船内で探し、見つけるも、ケースの中はカラだった。アブロナスを探し、カークを殺そうとするクロールだったが、ウフーラが自らをクロールの捕虜となり自己犠牲を払いつつ、カークを逃がすことに成功する。

やむを得ずエンタープライズ号を捨て、全員がアルタミド星系の惑星へ脱出ポッドで不時着することに。不時着したクルーたちは、バラバラになってしまう。

スポックはボーンズと、カークはチェコフ、カラーラと、そしてウフーラは敵のアジトの中にとらわれるのだった。スコッティは1人でうろついていたところ、エイリアンに襲撃されてしまう。その時、ジェイラという少女に助けられ、そのままジェイラの家でエンジニアとして機械を直すことに。行ってみると、ジェイラの家は、100年程前に建造され、この星に不時着していたUSSフランクリン号のコックピット部分だった。ジェイラは、100年程前にこの星に不時着したUSSフランクリン号を見つけて、星を脱出するために船体をにポログラムシールドをかけて隠した上で、密かにメンテナンスを続けていたのだった。

艦橋(円盤部)に乗っていたカークは、チェコフ、カラーラと不時着したが、カラーラにエイリアンの大群について知っていたのではないかと疑い、カラーラを本当の意図は何なのか、何者なのかを尋問する。すると、カラーラは、エイリアンに捕まり、仲間を救うため仕方なくそうせざるを得なかったと言い訳をした。

カーク達は、残った武器を探しに墜落した艦橋部へ行ってみるが、そこで密かにチェコフがカラーラが、エイリアンのボスであるクロールと通信を行っていたことを傍受し、カラーラがエイリアンのグルであることが判明。艦橋部で、エイリアン達と戦闘を行うも、艦橋のエンジンを点火し、カーク達は混乱に乗じて逃げ出すことに成功。一方、カラーらは艦橋部分の墜落に巻き込まれて死亡する。

スポックは、ポッドでボーンズと不時着した際、腹部に重症を負って動けない。ボーンズの介護もあり、何とか回復したスポックだったが、治療を受け近くの空き家で養生している時に、ボーンズに、ヴァルカン星の血を残し、再興するためにウフーラと別れ、この宇宙探索が終わったら宇宙艦隊をやめてネオ・ヴァルカンへ行く予定だと告げた。

そして、新たなエイリアンに襲われ、もはやこれまでとなった時に、スポックとボーンズはスコッティのいるUSSフランクリン号へと転送されて助かるのだった。

一方、カークとチェコフは、偶然にジェイラが仕掛けた侵入者捕縛用のワナにかかっていたところを、ジェイラとスコッティに発見され、合流することに。スポックがウフーラに贈り物として手渡していた(そして基地で返却を断った)ネックレスから出る微弱な放射性物質を手がかりとして、残りのクルーたちが軟禁されているクロールのアジトが判明。カークは、残りのクルー救出を企図する。ジェイラは、アジトで家族全員が惨殺された昔の出来事を思い出して反対するも、スコッティに説得されて、救出作戦を実行することに。

同じ頃、クロールは捕虜にしたクルーの精気を吸い取り、自らの生命力とする装置で、捕虜2名を殺し、さらに隠したアブロナスを出すように残りのクルーを脅す。すると、シル少尉は頭部に隠していたアブロナスをクロールに手渡す。クロールは、パーツが揃ったアブロナスを留置場へと据え付け、シルを閉じ込めてアブロナスをテスト起動する。アブロナスによって解体されたシルを確認すると、連邦への復讐に燃えるクロールは腹心の部下、マナスを置いてヨークタウン基地へ向かおうとする。

そこへ、カークたちが囚われているクルーたちの救出に現れる。銃撃戦の末、カーク達は残りのクルーをUSSフランクリンへと全員転送し、最後に残ったカークとジェイラもフランクリンへと無事に戻る。

ヨークタウン基地でアブロナスを起動し、大量虐殺を実行しようとするクロールを追って、カークたちもUSSフランクリンを起動し、ヨークタウン基地へ向かう。

大量のドローンたちを超短波による妨害電波で連携を妨害し、ヨークタウン基地の手前で撃破したカークだったが、クロールはヨークタウン基地へ単身侵入に成功する。それを追って、USSフランクリンと、ボーンズとスポックの乗る小型ドローンのふた手にわかれ、市街地で壮絶なチェイスを繰り広げた末、USSフランクリンを盾にして、クロールの乗ったドローンを撃墜することに成功。

しぶとく船内で生き延びたクロールは、クルー2名の精気を吸い取り、変装して市街地へ紛れ込んだ。クロールは給気塔へ向かい、そこでアブロナスを起動させ、ヨークタウン基地全域を滅ぼそうとするが、単身追いついてきたカークと血みどろの戦いになる。クロールはアブロナスを起動させ、給気ダクトへと流そうとするが、その寸前に、カークが吸気ダクトを開放し、アブロナスとクロールは宇宙空間へと放り出されてしまう。カークも放り出されてしまいそうになったが、その寸前、ボーンズとスポックに救出される。

翌日、USSエンタープライズ号のクルーたちによるカークのサプライズ誕生パーティが行われる。仲間との絆と冒険に見せられたカークは、再び乗船することを決意し、また、スポックも船に残ることを決意する。再建中のエンタープライズ号をみながら、カークはジェニファーを新たなクルーへと勧誘するのだった。

5.映画の感想(★ネタバレ有/随時更新)

5-1.やはり圧倒的なアクションシーンがメイン

USSエンタープライズ号が圧倒的な火力で破壊し尽くされるシーンや、ヨークタウン基地の未来的な造形は、間違いなく映画の見どころでした。敵艦の大きさやそのファンタジックで未来的な都市の形状。あぁ~これぞSFだ!と素直に圧倒されました。CGの綺麗さは、前作・前前作を遥かに上回る素晴らしい出来。

近年、4DXシアターの普及等により、映画内でのアクションシーンの重要性が高まっていることもあり、かなり激しいアクションシーンがメインになるのかなと予想していましたが、その通り、過去2作に比較してもかなりアクションシーンは多めでした。

5-2.ストーリーの伏線や設定も秀逸だった

1作目では、かなり強引なストーリー展開に、個人的には若干ついていけないこともありました。アクションシーンに何の重みもなく、過去作との整合性を取るためだけの仕掛けやストーリーは、リブート1作目だから仕方ないかなと思いましたが、少し辟易しました。

今作は、ストーリーの骨格こそ、「連邦への復讐」に燃えた反逆者との戦い、というテンプレート的な構造でしたが、細かい設定や各キャラクターの描かれ方、伏線の回収は丁寧だったと思います。尺の問題から、やや説明不足なところはありましたが、無駄なシーンがなかった印象です。

5-3.スター・トレックシリーズで定番の船の中のシーンが凄く少ない!

今作は、序盤であっさりとUSSエンタープライズ号が圧倒的な敵の火力の前に轟沈してしまい、野外での行動やアクションシーンがメインとなり、「宇宙艦隊」ものに必須のブリッジでのオペレーションシーンが全くないという点は斬新でした。

特に、スター・トレックシリーズでは、この中央司令室でのキャラクターたちの葛藤や、ちょっとしたやりとりまで、定番のお楽しみシーンでもあったので、この司令室でのシーンはもう少し欲しかったかな?

5-4.別れた3組がどう協力し、状況を打開していくかそのやりとり

艦橋司令部でのやり取りがない分、今回の見どころは、エンタープライズが墜落して、ポッドで脱出した各クルーたちのそれぞれの行動が描かれるシーン。野外にて、2人~3人ずつにわけられた3組のストーリーが目まぐるしく同時進行で描かれ、シーンの早い切り替わりもスムーズでよかった。

最大の見どころは、互いに性格が正反対のマッコイとスポック。熱く正義感で感情をむき出しにするマッコイに対して、バルカン人の気質として生まれながら冷静で、論理至上主義なスポック。この二人が、共通の目的のために不格好ながらけんかのように激しくぶつかりあいながらもガッチリ結ばれた信頼関係の下、協力しあい出口を目指したシーンは非常に印象的でした。  

6.その他、映画の考察・伏線など(★ネタバレ/随時更新)

6-1.TVシリーズから続くダイバーシティへのこだわり

スター・トレックは、TVシリーズから含めて、本当に多種多様の人種が、同じ連邦の理念のもと、平和的に協力し合いながら宇宙探索を進めていきます。

特に、今作はスールーが「ゲイ」設定となっていました。ヨークタウン基地で別れる際に、スールーのパートナーは男性でしたよね。養子に子供をもらっていたのでしょう。スター・トレックらしい、良い設定だったと思います。

また、今回の敵役であるクロールは、仮想「ドナルド・トランプ」であるという説がありますね。劇中で、復讐に燃え、弱い人間を切り捨てる発言を繰り返したクロールを、人種差別的なトランプ氏に重ねて見たアメリカ人は多かったようです。

実際、映画が公開されてから、公式に制作スタッフ100人がトランプへの反対声明を出すなど、なかなかアクティブな活動をしていますね。(日本では考えられない・・)

6-2.スポックとウフーラはなぜまた破綻しかけていたのか?

ケルヴィン・タイムラインでは、スポックはウフーラ大尉と恋仲となっており、ウフーラのファーストネーム「ニヨータ」も、前作で初めて明かされましたが、前作に引き続き、またもスポックはウフーラに振られそうになっていました。

その理由は、二人がけんかをしたからではなく、スポックがヴァルカン族を再興するため、その血脈を下に伝えていかなければならないと考えていたからです。地球人とハーフであるスポックが、ウフーラと結婚した設けた子供は、クオーターになってしまうからですね。悩んだ結果、愛情よりも民族復興を願った結果、スポックから別れを切り出していたのでした。

6-3.スポック大使はなぜ今作で亡くなったのか

ケルヴィン・タイムラインでも、過去2作で、TVオリジナルのスポックが出演していましたね。1作目は大事なところで、2作目はほんの短い時間でしたが、元気な姿を見せてくれていました。

どころが、今作、スポック大使はなくなってしまいます。なぜなら、スポック対し役のレナード・ニモイが2015年に亡くなってしまったからなのですね。TVシリーズの大功労者、ニモイに敬意を表して、代役を立てずに映画でも亡くなる設定にしたのでしょうね。最後のエンディングロールでも、やはり不慮の自動車事故で撮影後に亡くなってしまったチェコフ役のアントン・エリツィンと併せて追悼のメッセージが配されていました。

6-4.AmazonCEOのジェフ・ベゾスが出演している?!

事前にニュースとして報じられていましたが、ジェフ・ベゾスが「エイリアン」役で短時間だけゲストとしてカメオ出演しています。エンディングにも名前が出ていましたし、面白いですね。僕は、とりあえず1回目の上映では見つけられませんでした・・・

ベゾスは熱心なトレッカーで、スター・トレックシリーズに出演するのが夢だったそうです。どうせなら、出演を記念して関連DVDとかグッズとか割引セールとかしてくれないかな・・・。

7.まとめ

今作も、過去2作に引き続いて世界観を共有し、かつ新監督の得意とするチェースアクションもよかった。よく練られたストーリーと、最新鋭のCG技術も楽しめたし、個人的には過去2作よりも出来が良かったと思います。上映中、あと何回か見に行こうかと思っています。良い映画なのでぜひ!

それではまた。
かるび

23日夜まで六本木で夜通しアートを楽しめる!六本木アートナイトが始まりました

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かるび(@karub_imalive)です。

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このところ、「何とかトリエンナーレ」とか「◯◯ビエンナーレ」といった地域芸術祭がトレンドですが、都市型の芸術祭もちらほら開かれるようになってきました。

とはいえ、都会のど真ん中で各施設や行政が協力しあって芸術祭みたいなイベントを行うのはなかなか大変なものです。

今回行ってきた六本木アートナイトは、都市型アートイベントとしては、開催回数を重ねて比較的知名度も上がってきました。今年は、10月21日(金)17時30分~10月23日(日)までの2泊3日で行われています。去年より1日多く、規模を拡大しての開催となりました。プログラムは、こちら。

PROGRAMS | 六本木アートナイト2016

六本木アートナイトの特徴は、「夜」に展示されるイベント。土日の夜間を彩る様々なアートが、施設内で、野外で楽しめます。(ちなみに昼のイベントもあります)

昨日、開会式のプレス席に入れて頂く機会を頂いたので、急遽行ってきました。開会式の様子や、初日見れた所を簡単に紹介したいと思います。

開会式

開会式は、六本木ヒルズのアリーナ会場で午後17時30分から行われました。これが外から会場を見たところ。

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会場内プレス席から。中央にある塔みたいなものと、トナカイみたいなオブジェは、現代アート作家名和晃平のインスタレーション。マリンブルーのLEDライトに照らされて、すごくきれい。

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開会式は、六本木アートナイト実行委員長の森美術館館長の南條史生さんのあいさつではじまりました。地域芸術祭のディレクターやプロデューサーとして大活躍中ですね。

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つづいて、政治家の先生達の挨拶もいくつか挟んで、開会宣言は、今回のメインプログラム・アーティスト、名和晃平さんが務めました。この人、僕と同い年なんだよな~。

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開会式の後は、今回の六本木アートナイトに出展するアーティストの記念撮影がありました。知っている人いますかね?芸術家ってもっとぶっ飛んでいるのかと思ったら、並んでみると意外に普通な感じです。

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開会式のあと、最初のパフォーマンスが始まります。フランスから招聘した芸術家集団「カンパニー・デ・キダム」の「FierS a Cheval~誇り高き馬」という演目。馬の形をしたコミカルな等身大の風船人形を操って、アラブ風の音楽に合わせ踊り歩くパフォーマンスでした。

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このパフォーマンスが終わると、メイン会場をあとにして、さっそく各会場を回ります。まずは国立新美術館へ移動。

国立新美術館

中庭で名和晃平のインスタレーションをチェックします。六本木アートナイト開催中は「サントリー美術館」「国立新美術館」など、六本木地区の主要な美術館・ギャラリーが夜遅くまで開いています。「ダリ展」や、団体系の「二紀展」「独立展」が開催されています。

名和晃平「People of the Wind_A」「People of the Wind_B」f:id:hisatsugu79:20161022111353j:plain

名和晃平が西島清順、デイジー・バルーンとコラボレーションして制作された作品。荒涼とした火山を想起させる朱色のLEDに銀色のサイの像と未来的なタワーがそびえ立つ、なんとも言えない幻想的な作品。「アートナイト」にふさわしい夜に映える作品でした。ぜひ見て下さい。

別角度からも。

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国立新美術館に入ると、夜間延長営業中でした。

館内には、来年前半のハイライトとなりそうな展覧会、「ミュシャ展」の大きなバナーが。記念撮影できますよ。

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2階に無料で入れる展覧会「ここからーアート・デザイン・障害を考える3日間」にふらっと入ります。2020年の東京パラリンピック開催を控え、「障害者とアート」「障害者スポーツとデザイン」などにテーマを絞った展覧会でした。

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最新型の義足。

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スポーツ競技用に開発された車椅子。車椅子テニスなどで使われる高性能車椅子でした。試乗会もやっていましたよ。

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サントリー美術館

そして、お次はサントリー美術館で鈴木其一展。アートナイト中は、夜10時まで開館しています。鈴木其一展は、残りの会期が10日を切りました。お客さんが山のように入っているかな?と思いましたが、それほどでもなかったかも。こちらは、写真撮影禁止だったので、過去に書いた記事を貼っておきますね。 

こちらも、六本木アートナイト中は夜10時まで開館延長していますよ。見どころは、巨大な屏風3枚。「夏秋草図屏風」「風神雷神図襖」「朝顔図屏風」の3枚を是非!

東京ミッドタウン内

続いて、六本木ミッドタウン内の初日、2日目の夜出展、尾花賢一「君を探して」。

尾花賢一「君を探して」
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ルンバのような(というか多分ルンバ)動く台座の上に乗っかった覆面をかぶった人形がシュールなインスタレーション。確かにタイトル通りです。これじゃなかなか「君」は見つかりませんね。面白かった。

その近くに、東京ミッドタウンで行われたアートコンペの優秀作品も飾ってあったので、それもさくさくっと見て回ります。

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さて、次はどこに行こうかなと考えていたところで、ちょうど夜の特別イベントに参加中の子供が学童から帰ってくる時間になったため、帰宅時間となりました。

まとめ

六本木アートナイトは、狭い六本木のエリア内で、いろいろ歩いて一気にアートを見て回れる楽しいイベントでした。あと2日間ありますので、行ける方は、ついででもいいので楽しんでみてはいかがでしょうか?

ちなみに、六本木駅やミッドタウン、六本木ヒルズなど、主要ビルや各イベント施設で、詳しいパンフレットを無料配布していたり、案内板が出ていたりしますよ。

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プログラムは、こちらからチェックできます。

PROGRAMS | 六本木アートナイト2016

「拝啓 ルノワール先生-梅原龍三郎に息づく師の教え」展の感想@三菱一号館美術館

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かるび(@karub_imalive)です。

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10月18日から三菱一号館美術館で開催されている、「拝啓ルノワール先生-梅原龍三郎に息づく師の教え」展に行ってきました。ちょうど、ラッキーなことにブロガー内覧会に招待頂けましたので、写真も交えながら、以下感想を書いてみたいと思います。

※記事中の写真は、主催者の許可を得て記載しています

1.混雑状況と所要時間目安

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今のところ、土日含めて混雑はしていないようです。ただし、会館は広くはないので、混雑すると若干息苦しい時間帯があるかも。所要時間は60分~90分程度あればOKでしょう。音声ガイドも借りてじっくり見るなら2時間もあればOKだと思います。

2.展覧会の趣旨

本展は、「拝啓 ルノワール先生」とありますが、主役は昭和の巨匠、日本人洋画家の梅原龍三郎です。梅原龍三郎は、ルノワールをはじめ、パリ画壇の西洋画家の巨匠たちと交流があり、また、裕福になってからは自分自身でも作品の収集を積極的に行いました。

本展覧会は、特にルノワールを中心に、梅原龍三郎の西洋画家たちとの交流を振り返りながら、梅原自身の作風の変遷や、彼に影響を与え、彼が買い付けた西洋画家の巨匠たちの作品を鑑賞できる、面白い趣旨の展覧会です。

梅原の作品も勿論ですが、ルノワール、ピカソ、ルオー、セザンヌなどの作品もかなり展示されているので、近代西洋画のファンには見どころ満載の展覧会なのではないでしょうか?

3.梅原龍三郎について

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(1952年当時/Wikipediaより)

梅原龍三郎(1888-1986)は、明治~昭和末期まで活躍した日本を代表する西洋画家の一人です。1908年、自身の西洋画のレベルアップを図るため、船で60日間かけてパリへ留学しました。昔の留学は大変ですね・・・。

持ち前の行動力を活かし、ダメ元で1909年2月、ルノワールの南仏カーニュのアトリエをアポなし訪問。奥さんの面接を突破し、そこでルノワールに弟子入りを願い出て許されました。40歳以上の年齢差もあり、四六時中一緒にいるような濃厚な師弟というよりは、たびたび会って作品を批評してもらったり、たまに時間を過ごしてインスピレーションを得るような関係だったようです。

本展覧会では、ルノワールとの書簡も展示されていますよ。

ルノワールとの書簡f:id:hisatsugu79:20161024164053j:plain

その後、留学末期にはパリにてセザンヌに浮気し会い、2度めの渡欧ではピカソ、ルオーなどとも交流するなど、当時の西洋画の巨匠たちと次々と交友範囲を広げる中、自らの作風を確立していきます。

初期の作品「パリー女」「少女アニーン」f:id:hisatsugu79:20161024165319j:plain

初期の代表作「黄金の首飾り」f:id:hisatsugu79:20161024171434j:plain

この時期は、まだルノワールに心酔しきった印象派のフォロワー的な画風であり、特に「黄金の首飾り」は異様な体格、裸婦の顔つきがルノワールの作風によく似ています。

留学時代、中期以降は作風を大胆に変化させていき、徐々にルノワールと画風は変わっていきますが、梅原のルノワールに対するリスペクトは変わらず、たびたびルノワールの作品と同じ構図・画題の作品を遺しています。

本展覧会では、そういった例が何点か示されていました。例えば、ルノワール晩年の作品「パリスの審判」へのオマージュです。

梅原龍三郎「パリスの審判」f:id:hisatsugu79:20161024170832j:plain

ルノワール「パリスの審判」
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梅原版に一人足りないようですが、構図が全く一緒ですね。それにしても、晩年のルノワールも相当時代の流れに乗って画風が変化してきていますよね。

4.展覧会の見どころ

4-1.画家として大成功した梅原龍三郎の財力と幸せなキャリア

国内外を問わず、21世紀現在、「巨匠」「オールドマスター」などと言われ、作品が高値で取引されるような名だたる西洋画家であっても、若い時からリッチで幸せな画家生活を送ることができた作家は、実は非常に少ないのです。(パッと思いつきのではピカソやダリくらい・・・)

生前は絵が1枚も売れなかったゴッホや、死ぬまで貧乏生活を送ったモディリアーニや、時代が追いついてくるまで、中年期まで貧しかった印象派画家達など、有名画家の貧乏エピソードはそこら中にありふれています。

そんな中、存命中から大成功した数少ない画家が、梅原龍三郎です。彼は、2度の留学から帰国すると、必ずしも黒田清輝直系の主流的な作風ではなかったにせよ、その独自の画風が高く評価され、ぐんぐん日本における評価を上げていきました。若くして、お金のことなど全く考えずに生活できるレベルに到達しています。

壮年期以降は、政財界トップや芸能界、文壇の大物と交流も深く、カンヌやローマ、北京、ハワイなどへの海外旅行もしょっちゅう楽しんでいました。そのあたりのエピソードは、長年、家族同然の親密な付き合いがあった(愛人ではありません/笑)昭和の大女優、高峰秀子が梅原との交遊録を綴ったエッセイを読むとよくわかります。

もう、読み進めると、梅原のゴージャスな生活ぶりに、ため息しか出ません。面白いので、ぜひ手にとってみて下さい。(美術館の図書コーナーにも1冊置いてありました)

そんな梅原が注力したのが、自身が大好きなルノワールやピカソを中心とした、西洋画の買い付けです。日本の西洋画壇や美術教育の啓蒙も兼ねて、つぎつぎ購入した作品を自ら楽しみつつ、美術館に気前よく寄付するなどして、日本の美術界に大きく貢献しました。

今回の展覧会でも、梅原が購入し、収集した作品群がたくさん飾ってあります。

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絵画だけでなく、ギリシャの古代美術品「キュクラデス像」まであります。大胆に人体をデフォルメし、美しく抽象化された独特の人形の像から、作品へのインスピレーションを感じていたのでしょうか?

他にも、ルオーやピカソ、ドガなどがあるのですが、写真撮影禁止となっていましたので、ぜひ会場で彼らの作品群を見つけてみて下さい。

4-2.結局梅原龍三郎に一番影響を与えた画家は誰だったのか

1960年代~70年代の晩年の作品を見ると、僕の個人的な印象としては、ルノワールをベースに、ルオー、セザンヌ、ピカソをブレンドして、フォーヴィスムのフィルターをさっと通したような作風という印象があります。

 

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梅原が影響を受けた西洋の巨匠たちの特徴がよく出た作品が展示されていますので、ぜひそれらの作品から梅原のルーツとなった作家は誰だったのか、確認しながら作品を見ていくのも面白いですよ。

4-3.今回は図録がすごくおすすめ

今展覧会では、梅原龍三郎のルノワールとの関係を非常に深掘りしていますが、展覧会で書ききれなかった部分が、余すことなく図録に収録されています。これでもかといわんばかりのマニアックな調査分析には、ただただ頭が下がりました。

図録中で特に興味深かったのは、梅原が帰国する昭和初期前は、日本でのルノワールの評価はかなり低かったということ。(時代遅れという文脈で)

たとえば、1913年10月号の「現代の洋画」にて、岸田劉生の「ルノアールがどんなに美しくとも、ゴーガンがどんなに詩的でも、自分は唾をかけて捨てる。」という発言は本当にびっくりですし、その他、当時の最先端の画家たちの評価も低めだったようです。

しかし、梅原が2度めの留学から帰国し、作品の評価が上がるにつれて、梅原のルーツであり、常日頃から絶賛していたルノワールの評価もうなぎ登りになっていきました。現在、ルノワールが最もポピュラーな印象画家の1人として一般に認知されているのは、まさに梅原の啓蒙活動や影響力の賜物なのだな、とわかりました。

図録、ヤバいですよ。梅原ファンは必携の良い出来です。

5.その他、展覧会で気になった展示一覧

5-1.梅原龍三郎のパレット

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色彩の魔術師と言われただけあり、さまざまな色を駆使して画面を彩った梅原のパレットです。まんべんなく絵の具をパレットに置いて使っていたんですね。

5-2.「横臥裸婦」

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ルノワールの作品より構図を流用して描かれた初期の力作。梅原版「青の時代」とでもいうべき力作で、見ごたえがありました。

6.まとめ

昭和の大画家として、お金の心配もなく、家族や友人にも恵まれ、亡くなるまで幸せな画家としてのキャリアを歩んだ梅原龍三郎。その独特であざやかな色彩感覚には、ネガティブな悲壮感はありませんし、力強く前向きな印象を受けます。

師匠と仰いだルノワールからは、画風こそ直接継承はしていませんが、前向きでポジティブな作風のエッセンスは受け継いでいるのかな、と感じました。

梅原龍三郎のルーツや、彼の収集したコレクションをまとめて見ることのできる良い機会です。ぜひ足を運んでみて下さい。

それではまた。
かるび

展覧会開催情報

本展覧会は、東京展のあと、大阪「あべのハルカス美術館」へと巡回します。

展覧会名:「拝啓 ルノワール先生-梅原龍三郎に息づく師の教え
※大阪展では、「拝啓 ルノワール先生-梅原龍三郎が出会った西洋美術」と、タイトルが若干変更になっています。

会期:
【東京】2016年10月19日~2017年1月9日
【大阪】2017年1月24日~2017年3月26日
会場:
東京:三菱一号館美術館
大阪:あべのハルカス美術館
公式HP:http://mimt.jp/renoirumehara/
Twitter:https://twitter.com/ichigokan_pr?lang=ja

参考図書

今回の展覧会の元ネタとも言うべき本が、数年前に出版されていました。題して「ルノワールと梅原龍三郎」。もう、本展覧会のテーマそのものであります。著者の嶋田華子さんは、梅原龍三郎のひ孫にあたるそうで、11月15日には今回の展覧会の特別講演会イベントも担当されています。

今年の速水御舟展は最強だからとにかく見て欲しい!早逝した天才日本画家を振り返る必見の回顧展!(山種美術館)

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かるび(@karub_imalive)です。

この秋は、特に土日は連日美術展に行ってはブログを書き、という生活スタイルになっています。さすがに、連日行きまくっているので当たり外れの波は結構でてきます。

そんな中、これはヤバい!最強だ!と思ったのが、「速水御舟の全貌」展。10月22日(土)の閉館後、美術ブログ「青い日記帳」のTakさんと山種美術館のコラボで企画されたブロガー内覧会に参加させて頂いたのですが、素晴らしい作品達と出会えました。

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こんなに良いのであれば、ブロガー内覧会を待たずに、別途初日からガッツリ見ておけばよかった、と大後悔しております。それほど良かったのです。

今回の回顧展では、速水御舟の代表作や晩年の傑作がまとめて紹介されていて、見どころ満載でした。今日は、この速水御舟展の感想を書いてみたいと思います。

1.天才、速水御舟と今回の展覧会

さて、「速水御舟」といっても、残念ながら熱心なアートファン以外には、その存在は馴染みが薄いと思われます。展覧会後、帰宅して妻に「速水御舟って最高だわやっぱ。」と感想を言っても、残念ながら「ふーん。で、誰それ」という醒めた答えが返ってきました(笑)残念ながら、日本画はやっぱりまだまだマイナーなんでしょうね。

ということで、速水御舟について、まずは軽く触れておきたいと思います。

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速水御舟(1894-1935)は、明治末期~昭和初期にかけて活躍した日本画家です。その代表作「炎舞」「名樹散椿」は、昭和期の美術作品では数少ない重要文化財に指定された銘品中の銘品。特に、「炎舞」は中学校や高校の美術の教科書に掲載されていることも多く、速水御舟はこの作品で歴史に名前を遺したといえます。

速水御舟「炎舞」
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御舟は、江戸・明治期から連なる日本画の伝統をしっかり受け継ぎつつ、緻密かつ大胆な画風で、新しい日本画のあり方を目指して日本画界を引っ張りました。

わずか14歳で日本画の勉強を始め、1917年、23歳で第4回院展に出品した「洛北六題」が、日本画の巨匠、横山大観から激賞され、一気にメジャーな存在へと駆け上がります。早熟な天才でした。その後、40歳という短い生涯を通して作風を激しく変化させながら、その都度名作を生み出していきました。

ちょうど、2016年の春に大回顧展が開催された、「卑弥呼」「額田王」の絵で有名な安田靫彦とは盟友であり良きライバルであったといいますね。

さて、速水御舟と言えば、山種美術館です。保有する御舟のコレクションは、2点の重要文化財を含む120点以上。山種美術館を創始した故・山崎種二氏は、近代日本絵画の中でも、特に熱心に速水御舟を集めたこともあり、山種美術館では、毎年のように御舟を主軸に据えた企画展が開催されています。

今回の「速水御舟の全貌」展では、まず山種美術館所蔵の約60点をベースに、各地の美術館から借用した作品をあわせ、全部で81点が出展されています。速水御舟が画家としてデビューした10代のころから、絶筆となった40歳の時の作品まで、もれなく網羅された大回顧展といって良いでしょう。

2.速水御舟の人気作品がほぼすべて集結

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ブロガー内覧会の質疑応答タイムで、山崎妙子館長(写真左)から速水御舟作品の歴代人気No.1~No.3を教えて頂きましたが、基本的には今回の展覧会に来れば、ほぼ全部の人気作品を見ることができます。

まず、人気ダントツ1位はもちろん、前述した「炎舞」。山種美術館の特別展示室で、照明を落として雰囲気を作り、「炎舞」シフト体制でゴージャスに飾られています。

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本作品は、花鳥画や風景画といった伝統的な日本絵画のモチーフではなく、闇夜の中、炎に蛾が集まって乱舞するという妖しさ満点の画題と構図です。仏画のような様式美で彩られた炎に、全てこちらを向き、精密に描かれた蛾達が螺旋状に乱舞するさまは、写実性と抽象性が同居したような不思議な構図です。

そして、続いて人気No.2の「名樹散椿」f:id:hisatsugu79:20161025221127j:plain

琳派的な美しさを追求した屏風絵。ブロガー内覧会での山崎氏の解説で印象的だったのが、この屏風絵の背景の金地部分。「撒きつぶし」技法という、通常より手間がかかる緻密な金箔の塗り方により、しっとりとした均一で控えめな輝きが生み出されており、これも独特の魅力を生み出しています。

同じく、人気が高いのは屏風絵の力作「翠苔緑芝」f:id:hisatsugu79:20161025221450p:plain

(引用:http://www.haizara.net/~shimirin/nuc/OoazaHyo.php?itemid=5213

空間の余白を多めに残し、琳派的な装飾性を全面に出して描かれた花鳥画です。速水御舟の奥さんの実家に自生していた植物類などを全部描きこんで制作されました。とりわけ、右隻のあじさいの絵の具の表現方法が他では見ないオリジナルな技法を使っており、御舟は、その技法について誰にも話そうとはしなかったそうです。

そして、衝撃の問題作「京の舞妓」がこちら。

京の舞妓(展示は11月22日~12月4日)
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1920年に発表された、暗く不気味な顔つきが不気味な衝撃の作品。早逝した師匠、今村紫紅の遺志を受け継ぎ、徹底的な写実性を追求し日本画の伝統を打ち壊そうとした意欲作でした。

しかし、3年前に激賞された横山大観からは、「見当違いの努力」と手のひらを返したような痛烈な批判を浴び、全く評価されませんでした。さらに、怒った大観から、危うく日本美術院を除名されそうになります。(最終的には盟友・安田靫彦らの尽力により回避されました)

京都で舞妓の元に1年以上通いつめて「人間の浅ましさを顔の表情に表現しようとした」意欲作でしたが、作品が酷評され、半ばトラウマとなったため、それ以後、約10年ほど人物画は御舟にとって唯一の苦手分野となりました。

3.時代とともに大きく変わった作風

御舟にとって、絵画は自己探求そのものでした。彼は、その短い生涯の中で、晩年まで作風を変え続けました。その分類は諸説ありますが、僕がピンときたのは、予備校講師・タレントの林修がTV番組「林先生の痛快!生きざま大辞典」2014年12月の放送で御舟を取り上げた際に分類した4区分。明快で良いと思います。

・第1期:南画風の青年時代
・第2期:写実を追求した時代
・第3期:装飾的構成主義の時代
・第4期:院体画風の時代

ただ、実際に展覧会で作品を見てみると、実際は、第◯期と、明確に区分できるわけではなく、作風は行ったり来たりを繰り返しました。本エントリでは、林修の区分を、作品のタイプとして分類するために活用し、便宜的にこの4つのタイプ別に、展覧会に出品されていた作品を順番に紹介していきたいと思います。

3-1.南画風の若年時代の作品

山科秋
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御舟23歳の時、京都は山科の秋の風景を文人画風に描いた作品。初期の作品では、この作品が一番気に入りました。常緑樹の青さとすすきや柿の鮮やかなオレンジがマッチした秋らしいわびしい風景に見入ってしまいました。初期の作品では、この作品が一番お気に入りです。

洛北修学院村
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(引用:Flickrより)

京都の洛北、修学院近辺の風景を「青」を全面に出して描いた作品。内覧会では、Takさんより「御舟、青の時代」とピカソの若年期「青の時代」にちなんで話されていましたが、御舟は、一時期狂ったように青に魅せられて描きこんだ時期がありました。この1枚だけ、まるで東山魁夷のようで、他の作品と作風が大きく違っているので面白かったです。

3-2.写実的な作品

白芙蓉
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墨で描かれた枝葉に、芙蓉の花のみ着色され、ほんのり赤くクローズアップされた写実的な作品。葉や茎の質感の表現も見事ですし、達人の技でした。晩年の力作。

鍋島の皿に柘榴
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(引用:http://www.art-information.ne.jp/artwiki/images/view/237

まるで洋画の静物画のようですが、ちゃんと絹本に普通に岩絵具主体で彩色された日本画なのです。洋画家も舌を巻く観察力と写実性。しかも、絵画の質感を重視したからなのか、よく絵を見ると上からの目線と、やや下からの目線、両方の視点が入っているのが面白いです。(上から見ると、皿の足は通常見えないが、あえて描きこまれている)

3-3.装飾的構成が目立つ作品

代表作「炎舞」「名樹散椿」などもこのカテゴリですが、もう一つ紹介しておくと、「京の舞妓」での酷評から12年後、再び人物画を模索していた御舟が取り組んだ大判の美人画は、構図の妙が心地よい作品でした。歌舞伎座が所蔵する作品。劇場で年中公開されているようです。

花の傍
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実際には有りえなそうな犬の足の曲がり方、犬のボディの輪郭のところだけ朦朧体のように輪郭がぼかされているところ、女の頭上に咲くようにして広がった花など、優美さを全面に出して描かれた作品。12年後の進化、確かに感じます。

3-4.院体画風の作品

紅梅・白梅
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西洋画の技法も取り入れ、日本画を壊す勢いで攻めていたと思ったら、一転して伝統的な中国南宋からの伝統的な院体画風の落ち着いた作品も手がけたり、本当にくるくると作風が変わるのが面白かったです。

4.神がかっていた晩年期の作品

速水御舟は、40歳にして腸チフスで惜しくも夭逝してしまいますが、30代後半~40歳絶筆までの数年間は、本当にハイレベルで神がかった作品を多数描いていました。展示後半部分で、その秀作が余すことなく展示されていますので、いくつか気に入ったものをピックアップしてみたいと思います。

4-1.牡丹花(墨牡丹)

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葉や茎には着色し、牡丹の花の部分をあえて墨一色の濃淡、筆遣いで表現した傑作。幽玄な枯れた美しさが素晴らしかったです。この作品も、山種美術館での人気作品だそうです。

4-2.あけぼの・春の宵

2点ワンセットの作品。スマホ写真で、撮り方が拙いため曲がっていたり色合いがいまいちですが、ぜひ作品を見てもらえれば素晴らしさがわかります。ほれぼれするような幻想的な春の夜の情景を切り取った作品。

あけぼのf:id:hisatsugu79:20161025231937j:plain

春の宵f:id:hisatsugu79:20161025231940j:plain

4-3.円かなる月

御舟の最後の作品となった「円かなる月」。画像よりも実物が本当に素晴らしく、松の葉の質感やおぼろげな月の表情などは、美術館に足を運んで頂くのが一番です。松の木は脇に追いやられ、枝が左右から画面全体に伸びてきて、月が左下に配置してある構図も斬新で面白かったです。一つだけ赤くなっている葉も渋い趣向です。

円かなる月(絶筆)
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(引用:http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/91/7ecf8a4d4e33b1dcfc023becf221db4a.jpg

5.まとめ

戦前を代表する洋画家、岸田劉生から「僕に君の技術があったなら、僕は世界一の画家になれたのに」と言わしめた早熟の天才、速水御舟。

写実を追求した技巧と、突き詰めた様式美は専門家やコレクターの審美眼にもかなうし、初心者が見てもその美しさや素晴らしさは解りやすく伝わる、すごい画家です。

後期の展示替えは11月5日から。入れ替えの目玉「京の舞妓」は11月22日から。僕も、もう一度今度はカメラなしで、じっくり作品と向き合ってきたいと考えています。最高の日本画展覧会でした。超おすすめ!!
かるび

展覧会開催情報

展覧会名:「速水御舟の全貌-日本画の破壊と創造」
会期:2016年10月8日~2016年12月4日
会場:山種美術館
公式HP:http://www.yamatane-museum.jp/
Twitter:https://twitter.com/yamatanemuseum

関連書籍など

一番は図録を購入するのが良いと思いますが、この東京美術の速水御舟ムック本も文句なくお勧め。代表作をもれなく美麗なカラーでコンパクトにまとめており、しかも手頃な価格で楽しめるのでイチオシです。

映画「インフェルノ」の感想と解説(※ネタバレあり)スピード感あふれるスリリングな謎解きを楽しめる映画でした!

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かるび(@karub_imalive)です。

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10月28日に日米同時公開された映画「インフェルノ/Inferno」。美術史家のラングドン教授がアート作品を巡って謎解きを進めていくサスペンス・ストーリー第4弾の映画化。原作も、文庫本で(上)(中)(下)と別れた大長編で読み応えがありましたが、アートファンの僕としては、映画化を非常に楽しみにしていました。

ラングドン教授が街中を駆け巡る今回の舞台は、イタリアのフィレンツェ、ヴェネツィア、トルコのイスタンブール。目まぐるしいスピード感あふれるストーリー展開の中で、中世の大文学者、ダンテの「神曲」にまつわるルネサンス期のアーティスト作品を楽しむことができます。

個人的には大満足でしたので、以下感想を書いてみたいと思います。

1.映画の基本情報

【監督】ロン・ハワード
【原作】ダン・ブラウン
【脚本】デヴィッド・コープ

「ダ・ヴィンチ・コード」以来、ヨーロッパ中を駆け巡り、壮大な謎解きを展開するラングドン教授シリーズの第3弾として、同名のダン・ブラウンの原作小説「インフェルノ」を映画化した作品。興行的には成功している過去2作を受け、一旦は2015年12月公開予定でしたが、スター・ウォーズとのバッティングを避け、ようやく10ヶ月後の10月28日公開となりました。

文庫では上・中・下と合わせて1000ページ以上の大長編ですが、映画とは終盤の展開や登場人物も違い、非常に読み応えがあります。おすすめ。

2.登場人物と役者

主役は、引き続きトム・ハンクスがラングドン教授を担当。年齢を重ね、恰幅も良くなったトム・ハンクスは、ハリウッド版加山雄三にしか見えなかった・・・。俳優陣で良かったのは、雰囲気たっぷりの狂信者役のベン・フォスターがはまり役で良かった。普通に喋っているだけで怪しい雰囲気が出せるのって凄い。

ロバート・ラングドン(トム・ハンクス)
ハーバード大学教授。宗教象徴学専門

シエナ・ブルックス(フェリシティ・ジョーンズ)
医師

エリザベス・シンスキー(シセ・バベット・クヌッセン)
WHO事務局長

クリストフ・ブシャール(オマール・シー)
WHOフランス支部職員

ハリー・シムズ(イルファン・カーン)
危機対応大機構の最高責任者

ヴァエンサ
危機対応大機構の隊員

バートランド・ゾブリスト(ベン・フォスター)
人口爆発を憂える狂信的な生化学者。

3.あらすじ(ネタバレ無し)

それは、アメリカの大富豪ゾブリストが、人口増加問題の過激な解決策として生み出したウィルス。世界中のどこかに隠され、拡散される危機にあったその直前、ラングドン教授はその騒動に巻き込まれてしまう。

ゾブリストがダンテの叙事詩「神曲」<地獄篇/インフェルノ>をテーマに、ウィルスの在りかを示した暗号をラングドンは無事に解くことができるのか?

イタリアのフィレンツェから始まり、謎を説きながら各地をめぐる緊迫の1日が幕を開けようとしていた。

4.映画のみどころ(ネタバレ無し)

4-1.暗号の謎解き

今作でも、ラングドン教授はダンテの「神曲」にちなんだテーマで、ゾブリストが仕掛けたり、仲間たちから託された暗号を解いていきます。原作からは少し単純化され、短縮されていますが、それでも映画中に最低5つの謎解きポイントがあります。

4-2.美しい美術品とフィレンツェの抜け道

ボッティチェリやヴァザーリの作品、フィレンツェ、ヴェネツィアの町並み、名だたる大聖堂を舞台に撮影された今作は、最初から最後まで美術品や遺跡など、アートファン必見の作品。特に、五百人広間の四方の壁にびっしりと中世の宗教画が描かれているのは凄かった。行ってみたくなります。

また、マニアックな古い抜け道や隠し扉などを抜け、フィレンツェを駆け巡るスリリングな展開も見どころです。

4-3.原作との違いに注目する

今作は、大筋では原作と同じですが、エンディングが改変されています。また、原作にいた人物が省略されていたり、原作にない人物が登場したりと、人物の役割がそもそも違っていたりと、細かいところではいろいろな変更点がありました。ロン・ハワード監督も、英文ソースのインタビューにて、「原作の大きな流れには忠実に、悩んだ結果映画向けに大胆にエンディングを変更した」と語っていましたね。

原作との違いに注目して見ていくのも面白いと思います。

---以降ネタバレあり注意---

---以降ネタバレあり注意---

---以降ネタバレあり注意---

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---以降ネタバレあり注意---

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5.あらすじ(ネタバレ有り)

フィレンツェの町中、ある男が3人の男に追いかけられているシーンから映画は始まる。一人は黒人、もう二人はその部下と思しき集団に塔の上の追い詰められ、男はその塔の上から身を投げた。

場面は変わって病室で悪夢にうなされるロバート・ラングドン

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悪夢の中で、天変地異の中、街中にあふれる顔の変形した男や首が後ろ向きの異形の人間たち。看護婦のシエナ・ブルックス医師に介抱され、目が覚めると、ラングドンは昨日からの記憶を失っていた。窓の外からは見える見覚えのある尖塔から、フィレンツェにいることを悟るラングドン。

そこへ、急襲してきた暗殺者。同僚の医師が撃たれ、裏口から脱出したラングドンとシエナは、ブルックス医師の自宅へ。

シエナの自宅で、コーヒーを飲み一息ついたラングドンは、記憶喪失の影響か、言語もまだうまく出てこない。着替えを済ませると、ラングドンはシエナのパソコンにゲストでログインし、メールをチェック。すると、イニャツィオ・ブゾーニという知らない男からのメールに、「天国の25を探せ」と書かれていた。

ラングドンのコートの中からは見覚えのないバイオチューブが。中からは円筒印章が出てきた。その印章は、ファラデー・ポインターと呼ばれる、振ると内包された小さな発電機が動き、画像を映し出す超小型のプロジェクターだった。

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驚いたラングドンとシエナがカベに映し出してみると、映し出されたのはボッティチェリの「地獄の見取り図」。バベルの塔が逆さになったような建物の中に、世紀末的な恐ろしい絵が描かれた地獄絵だ。

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丹念にチェックしてみると、絵画の中にいくつかのアルファベットが加筆されたあとが。それをつないでみると、

CATROVACER

と書かれていた。また、絵の下部には「真実は死者の目を通してのみ見える」と書かれていた。

ゾブリストのことをネットで調べる二人。ヒットした動画では、人口爆発と疫病による人口抑制について講演中熱く聴衆に語りかけるゾブリストが映し出された。シエナによると、3日前にゾブリストは死んだという。

自分の置かれた不自然な状況から、助けを求めアメリカ領事館に電話をかけるラングドン。敢えて居場所を近くの「ラ・フィオレンティーナ39号室」と答えると、まもなくそこへ警官に偽装した先程の女の暗殺者ヴァエンサと、WHOパリ支局のブシャールがやってきた。

身の危険を感じたラングドンとシエナは、自宅を後にし、車に乗り込む。「CATROVACER」はアナグラムであり、並べ替えると、イタリア語で「CERCA TROVA」(チェルカ・トローヴァ/seek and find/探し求めよ!)という意味になる。

一方、イタリアの沖合では、ある巨大船の中に民間警備会社「危機総括大機構」の本部があった。その大総監室では、シムズ大総監が部下のアボガストとゾブリスト案件について深刻な打ち合わせ中だった。クライアントのゾブリストから、「明日、全世界へ配信して欲しい」と手渡されたビデオメッセージについて、内容を自ら事前チェックしたところ、「世界を滅ぼすウィルスを撒いた」と恐ろしいゾブリストの肉声メッセージが録画されていた。

解読したアナグラムが、ヴェッキオ宮殿内の五百人広間にあるジョルジョ・ヴァザーリの大壁画「マルチャーノの戦い」を指し示していると看破したラングドンは、ヴェッキオ宮殿へ行こうとシエナへ提案する。また、ラングドンは、このファラデー・ポインターは、ゾブリストの作りだした殺人ウィルスのありかを示す遺書なのではないかと見破る。

ヴェッキオ宮殿への道中、二人は、宮殿近くで地元警察による検問を察知。二人は車を捨て、ボーボリ庭園を横切り、生け垣をくぐりながら必死に走ってヴェッキオ宮殿へ続くヴァザーリゲートへたどり着いた。

庭園前へたどりつくヴァエンサに届いた大機構からの司令は、「見つけ次第ラングドンを殺害するように」。確保から殺害へと指示内容が変更になる。

WHO本部のエリザベス・シンスキーも現場に遅れてやってきた。ブシャールと互いを非難するシーン。WHO内でも分裂しているようだ。

ヴァザーリゲートから、橋の上のヴァザーリ回廊を抜け、ヴェッキオ宮殿の五百人広間へと到達して、「マルチャーノの戦い」に描かれた「CERCA TROVA」という文字を確認する二人。次に何をすればいいのか思案していたところ、宮殿職員のマルタ・アルヴァレスがラングドンに近づいてきた。しかし、ラングドンはマルタの顔が思い出せない。

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マルタから「昨日一緒だったイニャツィオ・ブゾーニと一緒ではないのか?」と聞かれたが、記憶が全てなくなっているラングドンは、昨日と同じものを見に来た、とごまかして、ダンテのデスマスクを展示している部屋に案内してもらうことに。

階段を上がり、デスマスクの部屋に入ると、そこにあるはずのデスマスクが消えてしまっていた。ビデオテープをマルタと確認すると、イニャツィオ・ブゾーニとラングドンがデスマスクを取り出すシーンが写っていた。

信じられない、という表情をしてあっけにとられるマルタ。そこへ、不審者のセキュリティアラートが鳴り響く館内。ブシャールが追って来ているのを確認した二人は、マルタのセキュリティカードを奪って五百人広間の天井裏へ逃げ込む。

梁を渡って脱出中に、ヴァエンサが天井裏へと追いかけてきて、ラングドンを殺そうとする。シエナがヴァエンサに体当たりすると、ヴァエンサは梁から落ち、五百人広間へ落下して即死してしまった。

イニャツィオ・ブゾーニからのメール内容「天国の25」から、ダンテの「神曲 天国篇 第二十五歌」のことを指していると見破るラングドン。ネット検索した結果、

「わたしの洗礼盤の前で・・・」

という表現から、ラングドンは、次に行くべき場所をサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂内のサン・ジョヴァンニ洗礼堂であると割り出す。雑踏に紛れて歩いて洗礼堂へ向かう二人。追うブシャールは、WHO同僚からの連絡を無視し、携帯電話をゴミ箱に投げ捨てると、単独で二人を追うのだった。

大機構では、ビデオを見てゾブリスト案件の状況の悪化を悟り、ヴァエンサからの連絡もないことから、シムズ総監自ら、ラングドンを追うことを決意するのだった。

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サン・ジョヴァンニ洗礼堂に到着した二人は、すぐに洗礼盤をチェックすると、水の中からダンテのデスマスクが出てきた。

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デスマスクの裏側の水彩絵具を水で洗い流すと、そこには、ゾブリストの創作で、こう書かれていた。

おお、健やかなる知性を持つ者よ
あいまいな詩句の覆いの下に
隠された教えを見抜け。
馬の首を断ち
盲人の骨を奪った
不実なヴェネツィアの総督を探せ。
黄金色をした聖なる英知のムセイオンのなかでひざまずき
地に汝の耳をあて
流れる水の音を聞け。
深みへとたどり、沈んだ宮殿に至れば・・・
かの地の闇に地底世界の怪物が待ち
それを浸す池の水は血で赤く染まるが
そこでは水面に映ることはない・・・星々が。

これを見て、ラングドンはヴェネツィアに行くことを決意する。そこへやってきたのが、ブシャール。ブシャールは、警戒するラングドンを「2日前に会った。WHOではゾブリストを追って、ウィルスの拡散を防ごうとしているが、同僚のシンスキーが、ウィルスを手に入れて横流しをしようとしている」と騙して説明し、二人の警戒を解いて同行することに。

一方、「ラングドンはジュネーブへ渡航しようとしている」とブシャールの出した偽情報を掴まされたシンスキーは、空港に行くもラングドンを捕まえられなかった。そこにシムズ大総監がやってきて、これまでの2年間、ゾブリストを指名手配して追っていたWHOを邪魔し、対立していたが、ゾブリストの仕掛けたバイオテロを防ぐため、WHOと一緒にラングドンを探すための協力を申し出る。そして、シムズ大総監は、シンスキーとラングドンが過去、恋仲にあることも知っていた。

ヴェネツィアへの道中、記憶が戻り、ブシャールの説明に嘘があることを見破ったラングドンは、ヴェネツィアに到着した際に一芝居打ち、ブシャールを電車内に置き去りにする。

ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の4頭の馬像の前で、「コンスタンティノープルから運ばれてきた」という逸話を聞いたラングドンは、場所を間違えていたことを悟り、ウィルスのありかをイスタンブールの「アヤソフィア」であると見破る。

そこへ急襲するブシャール。シエナはラングドンを裏切り、置き去りにする。ラングドンはブシャールに捕まってしまう。

実は、ウィルス情報を横流しして不正を働こうとしていたのはシンスキーではなく、ブシャールだった。ラングドンに、ウィルスのありかを吐くように銃で脅迫するブシャール。そこに間一髪現れたシムズ大総監がブシャールを殺害し、ラングドンを救い出した。シムズから、記憶喪失が大機構から誘拐された際に打たれた薬物注射によるものであり、当初ラングドンを誘拐するためシエナと協力していたことも明らかになった。

ラングドンは、大総監とシンスキーと共にイスタンブールへ向かう機上で、シンスキーからWHOがゾブリストを監視対象としていたことなどを聞かされた。イスタンブールに着くと、一行はアヤソフィア構内のエンリコ・ダンドロの墓の前へ。墓に耳を当て、地下水の音を探知したラングドンは、地下貯水池「イエレバタン・サラユ」内へ急行する。

一方、シエナもイスタンブールに入り、現地の同志2名と地下貯水池にいた。リモートで作動する爆弾を持ち、ラングドン達に確保される前に爆破しようとしていた。

赤く光る地下水が充満した地下貯水池は、優れた音響を利用してコンサートホールとして活用されており、運悪く今日は世界中から人が集まる著名なコンサート中だった。

シエナの連れてきた男2人と激しくもみ合うシムズ。そこへシエナがトドメをさし、シムズは息を引き取る。シエナを見つけたラングドンは、思いとどまらせようと必死で説得するが、シエナはリモート爆破装置を押してしまう。

しかし、地下貯水池はWHOにより携帯電波が切られており、シエナは水の中へ飛び込んで手動で起爆装置をオンにして、自爆する。

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シンスキーがウィルスの入ったビニール袋を発見し、ケース内に入れて確保するも、爆発に乗じてケースから袋を取り出そうとする男ともみあうラングドン。間一髪で男は射殺され、ウィルスの封じ込めに成功した。シンスキーとハグし、名残惜しそうな二人。

後日、ヴェッキオ宮殿を訪れ、秘密裏にダンテのデスマスクを返却し、笑顔で立ち去るラングドンの姿があった。

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6.原作との違い(★ネタバレあり/随時追加)

上述した通り、映画向きに原作を改変した部分がいくつかありました。例えば、以下の部分です。

6-1.ウィルスについて

原作では、ラングドンがアヤソフィアでウィルスを発見した際、すでにウィルスは1週間前に放たれ、世界中に蔓延した後であることがわかります。そして、ウィルスの効果も、一定の割合で人間の生殖能力を奪うだけで、即死するようなものではありませんでした。

それに対して映画では、シムズが死に、シエナが爆死するなど激しいアクションシーンの後、凶悪な致死性の殺人ウィルスの封じ込めに成功します。これが最大の改変で、映画らしいメリハリを付けるために苦渋の選択だったそうです。

6-2.ヒロインたちの立ち位置

原作でのシエナは、ゾブリストの遺志を継がず、ウィルスの封じ込めを試みて単独行動します。ラングドンは裏切られたと感じつつも、シエナへの共感を捨てきれず、エンディングでも良い雰囲気のままでした。それに対して、映画ではヴェネツィア以降は単なる裏切り者として描かれ、シエナはあくまでゾブリストの恋人兼信奉者として振る舞うことになります。

これを解決したのが、後半から第二のヒロインに昇格するシンスキー。

原作では、単なるWHO長官として「良い知人」として描かれたシンスキーは、映画では後半部分で「過去にラングドンといい関係があった人」として描かれます。イスタンブールへ向かう機内以降、完全にヒロインとなりました。そうくるのか!と驚愕。ハリウッド映画ではラブロマンスは欠かせないのですね・・・。

6-3.登場人物たち

<原作から付け足されたメインの人物>
・ブシャール(WHO)
WHO職員でありながら汚職に手を染め、後半から完全に職場を逸脱して私利私欲に走る悪役として描かれました。原作にはありません。
<原作から削除された人物>
・ノールトンとブリューダー(大機構)
原作では、大総監の下で船上(ノールトン)、現場(ブリューダー)とアクティブに働きましたが、映画では大総監自ら現場で大暴れし、原作のノールトンとブリューダーの役までこなしていました。強いて言うと、原作でのノールトンの位置づけとして、映画ではチョイ役のアボガストという中間管理職が、いくつかセリフが与えられていました。

・フェリス(大機構)
原作では、映画冒頭で、ヴァエンサに撃たれて死ぬ医師役を演じ、さらにラングドンとシエナの逃避行に途中からヴェネツィアまで同行しました。シエナの機転で、振り切られますが、大機構の現場支援のために一人二役の役回りを演じていました。映画では、ブシャールに置き換えられたということですね。

<原作と役回りの違う人物>※シンスキーとシエナ以外で
・ヴァエンサ
原作では、ラングドン拉致に失敗して作戦から「排除」された失点を挽回しようと単独行動で動きましたが、映画中では排除されず、細かく本部から指示を受けていました。最終的に五百人広場に叩きつけられ死亡するのは同じでしたが・・・

7.その他映画のポイントを解説(★ネタバレ、随時追加)

7-1.映画の冒頭、尖塔で追い詰められていたのは誰だったのか

冒頭、走って尖塔の端に追い詰められ、自殺したのはゾブリスト。他の二人の男と共にゾブリストを追い詰めていたのはWHOの悪徳職員(笑)、ブシャールでした。自殺したゾブリストが隠し持っていたのが、本来シエナに遺書代わりに手渡されるはずだったファラデー・ポインターでした。

これがシンスキー経由でラングドンへと託されることになったのが、映画冒頭までの流れとなります。

7-2.WHOと大機構はなぜ対立していたのか?

ゾブリストは、過去にWHOに人口抑制のための食品普及を提案していましたが、WHOから要注意人物として指名手配されてしまいます。困ったゾブリストは、ウィルスが完成するまでの間、WHOから逃れるため大機構に保護を依頼し、かくまってきました。そのため、過去2年間は、常にWHOと大機構の間は緊張関係にありました。

7-3.大機構はなぜシンスキーに協力を申し出たのか

匿っていたゾブリストが契約の切れる数日前に自殺し、ゾブリストの最後の依頼事項であるビデオメッセージの公開に先立ち、シムズが中身を事前に改めました。人類滅亡につながる超危険な殺人ウィルスの拡散予告を見たシムズは、民間セキュリティ会社の手に負えない取り返しのつかない大惨事に繋がる前に、WHOに協力を申し出たのでしょう。

7-4.ラングドンはなぜ拉致され記憶喪失になっていたのか?

前日、フィレンツェでシンスキーと一緒にいた所を大機構に車で拉致され、拉致された時、大機構に従わせる目的で、車内で化学物質であるベンゾジアゼピンを首に注射されたため、短期記憶が全部失われました。映画中、ラングドンの背中や手首に湿疹ができていたのは薬品の副作用と思われます。(まるでラングドンが疫病にかかったかのようなミスリードになっていました)

ラングドンが拉致された理由は、映画中盤まではWHOと対立していた大機構が、依頼人であるゾブリストの意に反して進むWHOの謎解きを阻止したかったからですね。

7-5.イニャツィオ・ブゾーニとは誰だったのか?

映画中では、イメージのみで直接の言及はありません。原作では、シンスキーが探し当てたフィレンツェでラングドンの謎解きの助けになる人材ということで、ラングドンのイタリアでの謎解きの元々のパートナーだった人です。

原作では、ヴェッキオ宮殿から持ち去ったダンテのデスマスクをサン・ジョヴァンニ大聖堂の洗礼盤に隠したあと、心臓麻痺で倒れてしまいます。映画では、ラングドンがシエナの家で見た幻覚で、首にヘビが巻き付いているシーンがありました。その後、映画でも出てこなかったため、死亡したとみなして良いのではないでしょうか。

8.まとめ

ダ・ヴィンチ・コードから10年。アクションシーン重視の流れから、映画向きにエンディングは作り変えられましたが、全体的なコンセプトは原作に忠実な作りとなっています。ダン・ブラウンの作品は映画にするのが難しいと言われますから、これは大健闘だと思います。(前作、ロスト・シンボルは脚本の難しさから2013年に映画化が断念された)

個人的には、原作のエンディングのほうが好みですが、原作・映画と結末の違うストーリーを両方見ることで、「インフェルノ」の世界がより楽しめます。秋の夜長に両方制覇してみてはいかがでしょうか?

それではまた。
かるび

9.おまけ:インフェルノをより楽しむための小説やガイドなど

再掲しますが、原作の面白さはハッキリ言って映画以上!映画で省略された謎解きやその説明、謎解きでめぐるアートや歴史の名所についての背景解説など、大盛りすぎるほど充実しています。また、ゾブリストを「トランスヒューマニスト」と位置づけ、バイオテロを引き起こした背景として、優生学に似たその思想的なバックグラウンドもしっかり説明されています。映画を見て、物足りないな?と思った人も、満足した人も、原作を是非読んでみて下さい!

あくまで原作がベースですが、「インフェルノ」の謎解き、アイテム紹介、立ち寄ったスポットの美術品や歴史の解説、ゾブリストの理論についての誤りなど、ネタバレを前提として、あらゆる角度から作品にメスが入った物凄い解説本です。これは凄い!!

映画のサントラです。最後の地下宮殿のシーンなどは、映像と合わせて非常に迫力のある音を出していました。ハリウッド映画はいつも音楽で持って行かれちゃうんですよね・・・。

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